「「1秒先の彼女」の“彼”が善き父に。天才子役が演じる11歳の息子の“変心”が物語を牽引する」オールド・フォックス 11歳の選択 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
「1秒先の彼女」の“彼”が善き父に。天才子役が演じる11歳の息子の“変心”が物語を牽引する
シャオ・ヤーチュアン監督は、1998年の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督作「フラワーズ・オブ・シャンハイ」で助監督を務め、2000年の長編デビュー作「Mirror Image」からこの第4作までホウ・シャオシェン製作のもと撮り続けてきたことから、侯孝賢の愛弟子であり継承者と言えそうだ。1989年の台北郊外を舞台にした本作でも、ノスタルジーと社会派視点が侯孝賢作品を彷彿とさせる。ちなみにシャオ監督の2作目はグイ・ルンメイ主演の「台北カフェ・ストーリー」で、お気に入りの台湾映画の一本。
台湾では1988年に戒厳令が解除され、投資の自由化が一気に進んだことで拝金主義が急激に広がるなど、日本とは歴史的背景が異なるもののタイミングとしては共時的にバブル経済の様相を呈していた。そんな中、劇中のテレビニュースから流れる台湾史上最大の集団型経済犯罪「鴻源事件」が起きたという(概要をより詳しく知りたいなら、「鴻源案」で検索し中国語版Wikipediaの項を翻訳して読んでみよう)。
亡き妻の夢だった理髪店をいつか持つため、レストランのウエイターと内職で地道に働き11歳の息子リャオジエと質素に暮らす父タイライ。当初は素直でおとなしい性格のリャオジエだったが、老獪な地主のシャと出会い距離が近づくことで、次第に心のあり方が変化していく。
タイライ役は「1秒先の彼女」でいつも1秒動作が遅いバス運転手を演じていたリウ・グァンティン。今回も誠実で穏和なキャラクターがうまくはまっている。息子リャオジエ役のバイ・ルンインは、父とはまるで正反対の生き方で成り上がったシャに感化され、目つきと表情が変わっていく過程や、大人たちの間で揺れ動く心模様を見事に体現。リャオジエの変化が物語を牽引する原動力といっても過言ではない。ちなみにシャ役のアキオ・チェンも、山崎努を少し若返らせてビートたけしっぽさをちょっと足した感じで味のある俳優だ。
困ったときや苦しいときに助け合う、片親の子は地域や職場で見守るといった昔ながらの美徳が、自分の成功や幸福のためなら他人を利用したり見捨てたりしてもかまわないといった利己主義に押されていく流れは、当時の台湾のみならず、日本や他の国々でも近現代のどこかの時代で経験してきたはず。そうした社会の縮図としてごく少数のキャラクターを配置し表現した脚本が巧い。失われゆく美徳へのノスタルジックな眼差しもまた、台湾ニューシネマの継承者と目される要因だろう。