「思ったよりもずっとよかったですが、ラストがちょっと…」異人たち モアイさんの映画レビュー(感想・評価)
思ったよりもずっとよかったですが、ラストがちょっと…
山田太一の小説が原作。かつて日本で映画化もされた作品の再映画化です。
山田太一は戦後の平凡な日本人の心情、有り様をあまりにも正確に捉え、描写する、稀代の作家であったため、山田太一作品を本当に理解し、楽しめるのは、山田太一と同じ昭和・平成を生きた日本人だけだと思っています。もちろん山田太一作品には普遍的なものも確かに存在し、時代が変わっても変わらぬ人の有り様をその作品に見つけることはできると思うのですが、それでもやはり日本人でなければ分からないと思うのです。
とまぁ少し排他的な考え方かもしれませんが、これはもう日本人の特権だと思っていますので、今回イギリスで再映画化と聞いた時から期待はしていませんでした。(たとえ日本での再映画化であっても彼の域に達している作家はいないと思うので、やはり期待できないのですが)
とはいえ、U-NEXTの未使用分ポイント期限が迫っているし、やっぱり気になってはいましたので、それならもう見に行こうというセコイ理由から劇場へ足を運んだのです。
結果、元々期待していなかったせいもあり、思いのほかよかったです。
同性愛者として人を愛する事に対する恐れ、SEXが死のリスクを伴うという恐怖、時代は変わり同性愛者への世間の風当たりも変わったし、それを理解しようとはするが、過去のトラウマからどうしても抜けられないという切実さ。
そしてそんな自身の性的指向によりイジメにあい、自室で泣く息子に気づいていながら見て見ぬフリをしてしまった父親の告白。
私自身は異性愛者ですがこれらは何とも胸に迫るものがあります。
そしてこの映画で印象深いのは、家族揃ってクリスマスツリーの飾り付けをするシーンです。ここで主人公の母親がテレビ?から流れてくるペットショップボーイズの[オールウェイズオンマイマインド]に合わせて唄いだし、それがそのまま息子へのメッセージになっているという演出。個人的にはこういうの大好きです。映画のために書き下ろされた曲ではなく既存の曲を使うっていうのがいいんですよね。
自分の様に何も創作できない人間は既存の創作物を引用する事ぐらいしか表現方法がありませんが、そういう表現をプロも用いるというのが嬉しいのかもしれません。
山田太一作品では他に「岸辺のアルバム」で自分の家族の内情がボロボロである事を知った国広富之が、半狂乱気味に「とてもがまんができなかったよ」と[函館の女]を唄いながら帰ってくるシーンも印象的でした。
これらは本来の歌詞の意味からは少しズレたシチュエーションで唄われるのですが、それでもちゃんとマッチしているのがいいのです。
もう一つの印象的なシーンは、両親と三人でレストランへ食事に行くシーン。これは大林宣彦版にもある鉄板シーンですが、やっぱりいいんです。
何かを成し遂げただとか、成功したとかでなく、ただ無事に大人になって生きているってだけで、親は子供のことを何より誇りに思ってくれるという限りない愛情。本当に世の親達は全員そうであって欲しい!
子供を持つことは愚か、誰かと家庭を築く可能性もほぼついえた私の様な子供を持つ、私の親もきっとまた、ただ生きているだけの私でも誇りに思ってくれている!と、そう思いたい!!(確認する勇気はありませんが)
と、舞台がイギリスになった時点で既に、日本人観客にとっては大林版をこえることはないと思っていた映画ですが、思いのほか見入ってしまう場面がありました。
ただ、だからこそラストはいただけません。元の作品では主人公は異人たちとの交流を経て生きるということに向き合う決意をします。ところが今回の映画のラストから自分が受けた印象は、生きるという事に背を向けた主人公が異人と旅立つというものでした。
このラストは制作者の一番リアリティのある心情なのかも知れませんが、これではレストランで両親が『ただ生きているだけで誇らしい』と言ってくれた言葉がまるっきり無意味になるじゃないですか!?そりゃ時に親の言葉って人生の枷になりますけど、これ程子供に都合のいい、ありがたい言葉がありますか?そういう人からもらった言葉を無碍にする人はそりゃ孤独になりますって!そのことに同性愛者・異性愛者なんて関係ありませんよ!
「恥じて生きるより熱く死ね!」ってのは[男たちの挽歌]のキャチコピーですが、孤独に寂しく生きるぐらいならようやく見つけた愛を抱きしめて不寛容な世間から離れる方が幸せ!っていうのも映画のオチとしてありだと思います。ただね、曲がりなりにも山田太一作品でそれやって欲しくないんですよ。
確かに山田太一作品にも悲劇的な結末はあります。目の前に横たわる問題に対して無力感だけが残る物語もあります。ほんの少し身をよじって人生にあらがうが、結局元に戻ってしまう人々の物語があります。ですがそれでも続いていく人生を、この社会の中で生きていく凡庸な私たちの姿を描き続けたのが山田太一だと思うのです。
是非「想い出づくり。」を見てください。「早春スケッチブック」を見てください。「ふぞろいの林檎たち」を見てください。「丘の上の向日葵」を見てください。「ありふれた奇跡」を見てください。
何者でもない私達の、そのなんてことのない人生に、ほんの少しひたしみを感じさせてくれるハズです。
この映画を観て前向きな気持ちになれた人がいるならそれで大いに結構なのです。むしろ自分がこの映画のラストをあまりにネガティブに捉え過ぎているだけかもしれません。自分はあくまでも山田太一の小説が原作だからこの作品に興味を持ちました。なので作品を観賞する姿勢がどうしても山田太一作品としてどうか?になってしまいます。そういう観点から観るとどうしてもこの映画のラストは残念に見えてしまうのです。
大変ご丁寧な返信ありがとうございます。
どちらにも頂いて恐縮です。
山田太一さんのオリジナルが圧倒的なので、私もリメイクに
戸惑ってしまいました。
そうですね、世界にたった一人、誰にも関わらず生きていた・・・
それでは4〜50代まで、働いてたなら、誰か友達の一人や二人
いる筈ですね。
仰る通り極端な孤独感でしたね。
「岸辺のアルバム」の八千草薫、杉浦直樹(懐かしいで、)
竹脇無我・・・ちゃんと心に残っていますから、
この映画はやはり制作されて公開されて良かったですね。
オリジナル映画と原作がこんなに愛されているのが、
分かりました。
それからフォローバックと共感ありがとうございます。
よろしくお願いします。
琥珀糖さん
こちらこそ嬉しいコメントありがとうございます!
私からもフォローさせてもらいますので、よろしくお願いします!
個人的にひたしみを感じていた各界の著名人の訃報が続いた昨今、山田太一さんの訃報は極めつけでした。
ご自身は2016年のスペシャルドラマ「五年目のひとり」(渡辺謙主演)を最後に引退されてしまいましたが、それでもこの世を去ってしまわれた事実は重いものです。
本当はもっと追悼企画が組まれてもよい人だと思うのですが、実際はそんな事もなかったわけで、なんとも淋しいかぎりです。
はからずしも追悼作品となった本作を機に、琥珀糖さんのおっしゃるように懐かしくて再び氏の作品に思いを馳せる方や、今まで知らなかった方が少しでも山田太一という偉人の作品群に興味を示してくれたらいいなぁ~と思う次第です。(ソフト化や配信されていない名作が多すぎるのも何とかして欲しいです!!)
「オッペンハイマー」に共感ありがとうございます。
とても嬉しく思っています。
フォローさせて下さいね。
このレビューも、とても素晴らしくて読み応えありました。
私も山田太一のテレビドラマはかなりたくさん楽しみに見ていました。
テレビにチカラのある時代でしたね。
品があって、ちょっととっつきづらい。
山田太一さんもリメイクに目を通されてOKを出されたそうですね。
リメイクのお陰で山田太一さんを思い出して懐かしかったです。
その意味では、良かったかも知れませんね。