「映画始めにもふさわしい1本」僕が宇宙に行った理由 ruさんの映画レビュー(感想・評価)
映画始めにもふさわしい1本
前澤さんの冒険のことはニュースで見たぐらいで。
今回の映画についても、なるほどそうやって回収するのか〜なんてちょっと冷めて見ていたし、宇宙に目キラキラの子供の横で、大人は下世話に試算しながら楽しむのかなと想像していました。
高評価も、前澤さんの熱心なフォロワーの人によるものかなと思っていました。
ところが観てみると冒頭からひきこまれ、全く予想していなかった大きな感動に包まれました。
押しつけがましくなく軽やかで、同時に深く心を動かす良質なドキュメンタリーでした。
前澤さんがニコニコ笑うとこちらの心もほぐれて嬉しくなる(この、ほとんど条件反射ともいえる感情を生み出すお人柄こそが才能か?)
それでいて、語る言葉はわざとらしい所が全くない。
宇宙に行きます、こんな思いになりました。ともすると、大冒険すらも予定調和な型にはめられてしまう。「せっかく宇宙に行くのだから、変わらないともったいない」とでもいうような。
前澤さんはそれをふわりと避けて、ニュートラルであろうとする。真に楽しむために。
作品全体に、作為的なものを極力近づけない意思を感じる。そして生まれたものは、とてもきれいだ。
ディミアン・チャゼルの「ファースト・マン」で、主人公は壮絶な体験の後ようやく月面に至る。
そこでIMAXスクリーンに映し出された風景は、既視感そのもので、まるで科学博物館の壁紙のようにチープだった。
チャゼル監督は意図して演出している!と自分は思った。
それを初めて観たひとが抱いた畏怖や憧れには、「もう観たことがある」私達には決して触れられないのだと。
それでも前澤さんが自分の目で観た青い地球は彼だけのものだっただろう。その表情をスクリーン越しに確かめる私にも、素晴らしい時間が訪れた。
映画的なクライマックスは、一緒に何もかもを経験したサブスタッフの方が、地上から打ち上げを見守る場面だろう。
その方だけが誰よりも、正確に切実に、引きはがされるような宇宙との距離を感じられたのだと思う。
前澤さんが地球に戻り―そこにある現実を映して作品は幕を閉じる。ロシア人スタッフの「恩に報いる」真心、今となってはもう貴重な映像となってしまった。
本作は世界中の人々に観てもらう価値がある、強く感じて映画館を後にした。海外の映画祭に出ていってほしい!
前澤さんや仲間の笑顔、ご家族の飾らない語り、この惑星の青く静かな光。頭の中が洗い清められたような、爽快な満足感。2024年のスタートラインにもぴったりの作品と思います。