「シチリアだった」シチリア・サマー talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
シチリアだった
ジャンニとニーノ二人がキラキラ輝いていた。ジャンニは辛いこと抱えている分、ニーノはまっすぐで素直で大家族に愛されて賢くて本当に優しくていい子だ。ジャンニがママを大切に思い一緒にダンスする場面がとても好きだ。まだ若くてできないことばかりだけれど、ママを救い出して二人で自由に過ごそうというジャンニの思いが純粋だった。ママはジャンニを愛しているからこそ、ニーノ、ニーノのママや家族のことを思ってしまう。
バールの前でうろついている奴らには本当にむかついた。ああいうホモソーシャル不良というか半グレ(?)というのは本当に苦手だ。サッカーWMの老若男女のあの反応も苦手。
まだ10代の二人の恋は可愛い。一緒にいるだけで嬉しい。にこにこと微笑みあって手をつないでいるだけで幸せ。こういう気持ちは男女、女女、男男、どの組み合わせでもあると私は思う。
シチリアのいろんな所で撮影したんだろう。少ししかわからないけれど言葉も含めてあちこちにシチリアを感じた。そして事後、周りと社会が変わった、ということに私はそうか、変わるのかと思った。80年代、ソーシャルメディアもまだない頃、イタリアでも保守的な地域でその事件をきっかけに「彼ら」を守る意識、そしてグループができたことに驚きと感動を覚えた。
日本で可能だろうか?どんなに悲惨なことが起きても日本でそういったムーヴメントは起きるんだろうか?私はとても悲観的だ。イタリアはカトリックだからと言う人はいるけれど、そのイタリアの同性パートナーシップは日本のよりも正式な婚姻にずっとずっと近い。フランスもスペインもカトリックだけれど同性結婚をとっくに可能にした。日本は男色という歴史的文化的背景があるからなのか、それを犯罪にできなかったんだろう。(だから?)その後、60年代以降であれ、80年代、90年代以降であれ、皆が幸せになる権利がある、に日本は目を背け今に至る。隠しておけば百年だって続けられるなんて考え、もうやめろよ!
こんばんは。
レビューの後半を興味深く拝読し,その通りだと思いました。
カトリック圏での同性婚制度化はたしかに先進的な印象を与え,批判するつもりはありませんが,視点を変えてみると,彼らに法の保護を与え「同性愛は犯罪ではない」旨宣言しないと,作中描かれているような迫害が続き悲劇を繰り返してしまう,という差し迫った事情があったからではないかと愚考します。
日本ではおっしゃる通り男色が文化として根付いていて,揶揄・嘲笑の対象ではあったとしても少なくとも彼らに居場所を与える余裕があり(「それを犯罪にできなかったんだろう」はまさにそれ),それが却って制度化の遅れにつながった,というのが私見です。
どちらがベターかを判じるのは私の能力を超えていますが誰でも私(俺,僕)は誰が好きかを,少なくとも尋ねられたら堂々と答えられる社会が健全だと思います。
長文失礼しました。