コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第44回
2022年8月3日更新
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!
【日中映画製作者カンファレンス】大友啓史監督×「唐人街探偵」馬雪氏が語る国際共同製作
北米の映画市場を超えて“世界最大”となった中国の映画市場。ここには、世界中の映画製作者たちが関心を寄せています。実は、日本の映画関係者も以前から色々動いているんです。日中合作映画、日本人が監督を務めた中国映画が何本も誕生しています。
しかし、日中の映画人が共同製作した作品が「成功を収めた」とは、決して言えません。そこには中国映画市場の特徴、国際共同製作における資金調達、制作環境などの違いが関わっているんです。
このほど、経済産業省が主催し、公益財団法人ユニジャパンが運営する「日中映画製作者カンファレンス」が開催され、私は司会として参加しました。日中の映画業界で精力的に活躍しながら、国際的な視座が高い映画製作者たちが、両国の映画製作現場の現状、今後の日中共同製作への展望について熱く語り合いました。
ここで展開したトークが非常に充実の内容なんです。
そこで「日中映画製作者カンファレンス」で行われたトークを、3回に分割する形でお届けしていきます。
第1回は「るろうに剣心」シリーズ、超大作「THE LEGEND & BUTTERFLY」が控える大友啓史監督、「唐人街探偵」シリーズのプロデューサーとして、日本だけでなく多くの海外ロケ・国際共同製作を経験し、今年監督デビューを果たした馬雪(マーシュエ)さんが参加。1時間以上のディスカッションを行いました。
●ライフスタイルにあわせてヒット作の傾向が変わる 中国映画市場の特徴
最初の話題は、急成長の中国映画市場について。馬雪さんは、近年体感したことを話してくれました。「中国では、映画産業の成長に伴って、観客の鑑賞レベルも上がり視野もどんどん広がっています」と、まずは“観客の成長”について分析。「ライフスタイルにあわせて、ヒット作品の傾向も変わってきています。最近では、夏休みの観客層は若者が中心となり、香港や台湾などのティーンエージャー向けの恋愛作品が多い。春節はファミリー映画が多くなります。ホリデーシーズンは競争が激しくなり、必然的に商業映画の公開が集中します」と近年の中国映画市場の特徴も紹介してくれました。
大友監督の「影裏」を非常に気に入っている馬雪さん。アート系作品の状況については「中国にもアート系シアターはありますが、アート系作品と商業作品の明確な区別があるわけではありません。アート的な作品でも、それが人々の趣向にあえば商業作品レベルのかなり上位まで食い込める可能性がある。公平でオープンな市場であるといえます。小規模での公開でも、口コミや評価が高ければロングラン上映で高パフォーマンスも期待でき、数千万元や億元単位の興行収入も狙えます」と語っていました。
●検閲の影響は? 一番大事なポイントは「監督が何を撮りたいかということ」
続けて、話題は中国映画市場における検閲の問題について。馬雪さんの見解は「クリエイターとしては“求められるクオリティを満たすことに専念する”ということだと考えます。逆に言えば、自分の撮りたいテーマを曲げるようなことをする必要はないと思います」というもの。さらに「一番大事なのは“監督が何を撮りたいのか”ということです。中国側からは、監督それぞれに合う企画オファーがくるはずです」と説明。“検閲は、中国映画市場にそれほど影響を与えていない”という主張でした。
その発言を受けて、大友監督は「ディレクターとして自分の領域と経験値を拡げるような、チャレンジできるものを撮りたいと思っています。どういう題材でも、自分の中にある引き出しから引き出せば作れる。アクションでも、ドラマやサスペンス、コメディでも、基本は人間を描くということなので、『僕はなんでも撮ります』というスタンスです」と熱く語ります。
「例えば、僕は京都に行けば京都で撮りたくなるし、映画祭で中国の海南島を訪ねた時には、そこを舞台にした物語を撮りたいと思いました。作り手というのは実際に足を運んだ場所から刺激を受け、何かを感じて持ち帰るものですよね。ですから、そういったやり取りが頻繁にできるかということが重要になると思います。僕たちが実際に頻繁に中国に行けるようになると、また色々なコンディションが生まれるかなと」と場所からのインスピレーション、交流の重要性についての意見を述べてくれました。
●国際共同製作では「人と人とのつながり」だけでなく「監督の意志の強さ」が重要
日本国内でヒット作を発表し続けている大友監督。「映画はバジェットが大きくなればなるほどビジネス面をどのようにまとめていくかという前提が重要になります。国際共同製作となると準備期間も含めて長期間にわたって外国のスタッフとコミュニケーションを密にすることがとても大事になってきます」と話しつつ、「『唐人街探偵 東京MISSION』はあの大きな規模、日中でうまく共同作業ができた一つの成功事例だと思います。どういう人が間に立つか、どのような人がキーパーソンなのかだと思いますね」と称賛しました。
その発言に対して、馬雪さんは成功した理由を明かします。
「『唐人街探偵 東京MISSION』の場合、すでにシリーズで認知があること、タイやアメリカでの撮影ノウハウがあったからこそ成功したわけです。プロットの段階で日本から事前のヒアリング、シナリオ作成段階で実地調査をし、ある程度の理解を得たうえでロケハンを行い、あらゆる考察を行いました。このロケーションには何があって映画にした際にこのような絵になる、というものが見えてくる。それらの要素をシナリオに肉付けしていくというプロセスにしてディテールまで描けました」
さらに日本での撮影に関しては「非常に満足しました」という馬雪さん。
「中国人スタッフも満足していましたし、撮影に関わった日本人スタッフの皆さんにも『この作品に関われて良かった』と思っていただけたんじゃないかと思います。 海外での撮影ってロケハンの最中にインスピレーションが湧き出たり、その国の習慣がわかってきたりするんですよね。海外との共同製作というのは、人と人とのつながりもさることながら、監督の意志の強さというのが重要だと思います。制作過程で不満に思うことや疑問に感じることというのは、主に国ごとの製作のしかたの違いであって、それを知る貴重な機会になります」
大友監督の「るろうに剣心」シリーズは、2021年の上海国際映画祭で全作上映されました。当時、会場内外は大盛況。その様子を、いまだに覚えています。馬雪プロデューサーの「唐人街探偵 東京MISSION」は中国のみならず、日本でも大きな話題を呼びました。今回のカンファレンスでは、おふたりの映画に対する熱さ、日中共同製作に対する意欲が垣間見え、改めてコミュニケーションの重要性を感じることができました。今後、このような日中映画人の交流が続けば、新たな可能性が生じてくるはずです。
【参照】
Japan Film Co-Production Portal
https://www.co-pro.unijapan.org/
筆者紹介
徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc