コラム:下から目線のハリウッド - 第7回

2021年4月16日更新

下から目線のハリウッド

そこまで細かく決めなきゃいけない? リアルにシビアな映画の「契約」ウラ舞台!

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回は、どんな映画でもそのウラで飛び交っている「契約」について、映画業界で日々、契約に携わる三谷PとIT企業経営者の久保田シャチョーが語り尽くします!


久保田:今回は、映画の「契約」の話をしていきたいんですけど、ハリウッド映画の契約ってどんな感じなんですか?

三谷:ガチガチの契約社会ですよね。何から何まで契約で決めるし、ありとあらゆる状況を想定したうえで、全部を洗い出すのがハリウッドスタイルですね。

久保田:Aだったらこう、Bの場合はこう、みたいな。

三谷:そうです。それがZまであるみたいな。だから契約書自体も70ページ、80ページになるものも多いですね。

久保田:日本だと契約書って「その他の事象が起きた場合は、誠実に対応します」みたいな書き方になりますよね。

三谷:グッドフェイス・ネゴシエーションみたいなことがありますよね。

※グッドフェイス・ネゴシエーション(Good faith negotiation):直訳すると「誠実な交渉」。企業経営にたずさわる取締役などの職務が、法的に求められる適切な動機・認識のもと執行されることを指す。日本を含む大陸法(Continental Law)系の国に認められているもので、原則として英国法には存在しない。

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久保田:でも、海外の契約ってそういうスタイルじゃないから、契約書がめちゃめちゃブ厚いですよね。

三谷:数ページの契約書だとどうしてもこぼれてしまう状況が発生しますからね。たとえば、「甲と乙で、甲が違反した場合」が書いてあるのに「乙が違反した場合」が書いてないと、「それはどうなるの?」って話になって、盛り込んでいくうちにドンドンとページも増えていくと。

久保田:今の話で言うと、「甲も乙も悪くない場合はどうなるんですか?」みたいなね。

三谷:そうですね。そういうすべてを場合分けしていくわけです。

久保田:それって誰がつくるんですか?

三谷:お金の動きと連動するので映画スタジオの法務部門――「ビジネス・アフェアーズ」という部門があるんですが――そこと、権利元や俳優とで協議していくものが多いですね。

久保田:俳優さんはエージェント(代理人)を介してって感じですか。

三谷:そうですね。やはりそこはビジネス回りに強いエージェントが入って、ギャラはどうとか、二次利用のシェアはどうとかを話し合っていきます。

久保田:そういう映画に関する契約書って1本ずつオーダーメイドでつくるんですか?

三谷:「ひな形」みたいなものはあって、内容の75%くらいは同じですね。一般条項とか、どの契約書でも盛り込まれている同じような部分は一緒で、経済条件とか拘束期間とかは、作品によってオーダーメイドで決める感じです。

久保田:今、何気なく話しましたけど、契約って法律に関連したことをやっている人でないと馴染みのない世界ですよね。

三谷:でも、俳優が試写会に登壇したり、記者から取材を受けたりとか、皆さんが見ているような光景の裏側には、すべて「契約」があるんですよ。

久保田:そういう場合でも、移動はファーストクラスで食事はこうで、とか、キリがなさそうですよね。

三谷:なので、大体が「移動はファーストクラス」「ホテルは五つ星」というのは決まっていて、あとは滞在先での日当みたいなものがあります。「パーディアム(Per diem)」というやつですね。ちなみに「パーディアム」は都市ごとに決まっているんですよ。たとえば、東京やニューヨークやロンドンみたいなお金がかかりそうな都市はいくら、それ以外の都市はいくら、みたいな感じで。

久保田:相場みたいなのがあるんだ。

三谷:で、その都市ごとの日当も場合分けされているから、契約書も長くなると(笑)。

久保田:契約ってどちらかに有利だってことがあるじゃないですか。そういう部分ってどうなんですか?

三谷:たとえば、大ヒットした作品に出演した俳優さんの契約とかは、ものすごく手厚い付帯条件がついたりしますね。

久保田:それは金銭的な面で?

三谷:それもありますし、たとえば「撮影現場に必ずゴルフのトレーナーがいる」とか「専属の料理人がいる」とか、場合によっては「用意する水の銘柄はこれ」みたいなこともあるとは聞きます。

久保田:「エビアンじゃなきゃダメ」みたいな。

三谷:そうそう。「お前コレ、ボルヴィックじゃないか、契約違反だぞ」みたいな(笑)。

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久保田:僕も仕事柄、契約に関わること多いんですけど、あまり細かくし過ぎると、他の条文もそのレベルまで落とし込まないといけなくなると大変ですよね。

三谷:そうですねぇ。たとえば、私が今関わっている仕事だと、「原作を映画化する」という場合の「映画化ってなんですか?」ということを定義しないといけないんです。そのときに「実写なのかアニメーションなのか」「長編なのかTV映画なのか」「劇場公開するかしないか」「言語は何なのか」とか、いろんな軸があるんですね。

久保田:はいはい。

三谷:その結果「イングリッシュランゲージ・ライブアクション・シアトリカル・モーションピクチャーの契約です」みたいなことになるんです。

久保田:何言ってるんすか、今の(笑)。なに? ディズニーのエレクトリカルパレードのモーション担当のドナルドダック?

三谷:それです(笑)。

久保田:いや、全然違うでしょ(笑)。

三谷:まぁでも、それくらい厳密に決めて進めないといけないんですよ。

久保田:それ、めちゃめちゃ大変ですね。

三谷:本当に大変です。そういうのがいっぱいあって、ひとつのセンテンスなのに10行以上の言葉になることもあります。たとえば、「いろんなメディアで上映する権利、カッコ、これを含むが、限らない、カッコ閉じる」みたいな。

久保田:はいはい。

三谷:そこに、実際にはいろんなメディアの名前――テレビやネットやYouTubeとか――たくさんの配信媒体の名前が列挙されていって文章のボリュームを増やすんですよね。

久保田:さらに「◯◯については本項の対象外とする」みたいなものもあったりして。

三谷:そういうのもありますねぇ~。

久保田:そうなるともうグチャグチャだよね(笑)。でも、そういう契約書を読んでいると、英語で書かれていても慣れてくるんですよね。

三谷:慣れてきますね。

久保田:そうやって慣れてくると、「あれ、この10条1項と、28条3項って矛盾してない?」みたいなことに気づいちゃったり。

三谷:そういうのも起きたりしますよね。

久保田:あるよね?

三谷:もしも揉めてしまったときにどっち側の理屈も通ってしまうっていう。それがあると本当に地獄みたいになるやつですね。

久保田:1本の映画をつくるのに、契約ってどのくらい時間がかかるんですか?

三谷:そうですね、原作の権利をとるためだけの契約に限って言っても、フツーに1年とか2年とかかかります。

久保田:そんなにかかるんだ…。

三谷:1回条件を提示したら、向こうから返ってくるのが、3~4週間後とかなので、気付いたらそれくらいの時間が経過しちゃうんですよね。

久保田:日本で、先方とある程度の関係性があったとしたら、短ければ数日で返ってくるものですよ。

三谷:それが異文化コミュニケーションとなるとね…。翻訳するのだって、ただ翻訳すればいいわけじゃなくて、ビジネス習慣や文化を踏まえたものとして翻訳するので。

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久保田:映画で取り交わす契約って全体だとざっくりどんなものがあるんですか?

三谷:原作があったら「原作を映画化する契約」があって、どこのスタジオになるかに関わる「共同製作契約」みたいなものがあったり。

久保田:人に関わるところだと?

三谷:出演者との契約、スタッフの雇用契約がありますね。あとは映画の撮影そのものに対して保険をかけたりすることもあるので、それもまた大きな契約になりますね。

久保田:事故とか怪我とか。

三谷:そうです。なので、常に何かの契約は動いていて、そのプロセスがずっと続いている感じですね。

久保田:話しながら思ったんだけど、日常的に契約に関わらない人にイメージしてもらうとすると、保険の契約するときに「約款」ってあるじゃないですか。

三谷:はいはい。

久保田:あの約款を、一言一句まで読んで、「ここの部分はどうなんですか?」ってひとつひとつ詰めていくのが契約の仕事だってイメージすると伝わりやすいかなって。

三谷:そうですね。あれを全部読む人なんてあまりいないでしょうからね。「こういうのは怪我の対象ですか?」って全部質問して確認するような感じですね。

久保田:言ってしまうと、「場合分けのパズル」みたいですよ。

三谷:たしかに。

久保田:だからずっとやっていると頭がオカシクなってくるんですよ(笑)。

三谷:そうですね。それと日々、契約書と向き合っていると厳密な思考になっていくので、いかに世の中が雑なやりとりで進んでいるかを感じますよね。

久保田:それもわかるなぁ。本当に厳密にやっているなっていうのは、契約書の履歴とか見ると思うなぁ。

三谷:履歴ですか?

久保田:文書にするときに、修正前の文言も残しつつ、削除して追記みたいなことを繰り返すじゃないですか。それがwordとかdocxだったりすると、修正した文言の色がどんどん変わるんですよ。そうすると最終的に「めちゃめちゃカラフルな契約書」になるっていう(笑)。

三谷:なりますねー、赤やら青やら緑やら(笑)。

久保田:これも「契約あるある」なのかわからないけど、たまに「この契約は◯◯のために」ってポエムみたいな導入の契約書ないですか?

三谷:はいはい。「この精神に則り、次のように定める~~」みたいな(笑)。

久保田:そうそう。「なんですか、このイントロは?」みたいな(笑)。

三谷:でも、そういう「契約」を仕事のなかで扱うようになったことで、この業界の人間になったなって思うところはありますね。ただ、どれだけ契約として文章に落とし込もうとしても、やっぱり人間がやることなので、どこかにすき間とか抜け漏れは出てきちゃうんですよね。

久保田:だからこそ、普段は契約に関わっていないような人でも気をつけたほうがいいんですよ、身近なところでは保険とか賃貸借契約とか。

三谷:スマホの契約だって3年契約とかしていて他の会社に乗り換えようとしたら違約金が発生しますしね。

久保田:皆さんにとっても「契約」は身近にきっとあるはずですけど、お伝えしたいことは「主旨は同じです」って相手が言ってきた場合は、100%主旨が変わってます(笑)。

三谷:本当に変わってなかったら契約書を変える必要ないですからね(笑)。

久保田:そうなのよ。なんだか難しい横文字とか並べてそう言ってきたときはクロです(笑)。

三谷:じゃあ、この話もそろそろ締めようかなと思いますけど、ちなみに、私たちのこの話は法的なアドバイスをしているものではございません(笑)。

久保田:そうね。あくまで経験に基づいたトークなので(笑)。

三谷:なので、この話を根拠に意思決定をされる必要は必ずしもないということだけお断りしておきます(笑)。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#38 そこまで細かく決めなきゃいけない? リアルにシビアな「映画」と「契約」のウラ事情!)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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