コラム:下から目線のハリウッド - 第30回

2022年4月1日更新

下から目線のハリウッド

業界で一番の通貨は○○? ハリウッド的情報収集術!

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、ハリウッドにおける映画業界の情報収集について。押さえておきたい3つの媒体と個人的な情報収集網はどうつくるかを語ります!


三谷:どんな仕事でも、自分がいる業界の情報って大事ですよね。

久保田:それはそうですね。

三谷:それは映画業界でも同じでして。そこで今回は、ハリウッドの人たちはどんなところで情報を収集するのかという話をしたいなと。日常レベルでみんなこういう媒体を見て情報を押さえているよ、みたいな話をしていけたらいいなと思います。

久保田:なるほど。

三谷:なので、これを読んだら「なるほど、三谷はこういう情報源からニュースやネタを仕入れているんだな」と、手の内を明かしちゃうことになるかもしれないですけど(笑)。

久保田:今回は身を切ってますね。

三谷:でも、皆さんに知ってもらいたいという奉仕の精神でお話ししたいかなと(笑)。で、私はハリウッドのフィルムスクールに通っていたわけなんですが、入学すると、「まずこれ毎日見るようにしなさい」と言われるんですね。それが映画業界紙のような3つの媒体です。

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久保田:これは僕も1つだけを知ってますよ。過去に番組で何回か名前が出てましたから。

三谷:お。覚えていらっしゃいますか?

久保田:「Variety(バラエティ)」じゃないですか?

三谷:正解です。これはもう王道中の王道で、「バラエティ」を読んでいれば、今、映画業界の中で起こっている基本的な出来事や情報が追えます。どういうビジネスが起こっていてどういう人たちがどういったポジションについているのか、とか、どういう企画が立っているか、どういう人事が行われているかみたいな、人の動きに関しても出てきます。

久保田:本当に業界の中の人が読むやつだね。

三谷:そうです。たとえば、誰々がどこどこの社長のポジションに着きました、みたいな人事に関する話とかもけっこう出ていますし、興行収入が今週は国内(米国)ではいくら、全世界でいくら、その内訳はどの作品がいくらで、それは歴代のものと比較してどういうふうになってます……といった話もありますし。

久保田:これ、たとえばですけど、先日、第94回アカデミー賞があったじゃないですか(2022年3月28日・日本時間)。その手のニュースとかも取り上げられたりするの?

三谷:もちろんです。たとえば、授賞式のときにアカデミー賞の8部門が、放送時間内に紹介しきれないからダイジェストで紹介されたんですね。日本では授賞式後にニュースになっていたりもしましたが、授賞式前からその情報はあって、アカデミーの各部門の会員から反発の声が出てた、ということも伝えられていました。

久保田:なるほどね~。

三谷:そんな感じで、ハリウッドの業界を知るための媒体の一番メインが、「バラエティ」になります。ちなみに、「バラエティ」は元々紙媒体で毎日発行される日刊紙です。私たちがフィルムスクールに入った2011年の頃は、紙から電子に移行するぐらいの時だったので、ロサンゼルスにいた2年間ぐらいは毎日、家に「バラエティ」が紙で届いていました。

久保田:もう普通に新聞だ。

三谷:そうですね。それを読んでその日のことは把握しておきましょう、みたいな感じです。「就活生や社会人は日経新聞を読みましょう」みたいな位置づけだと思ってもらえれば。で、主要な媒体として、あと2つあるんですけれども、2つ目は、「The Hollywood Reporter(ハリウッド・リポーター)」という媒体があります。

久保田:そのまんまの名前だね。

三谷:こちらはどっちかというと、よりハリウッド味が強いというか。ちょっとこう、ギラギラした感じの雑誌媒体です。これも一応紙でも出ていますが、主に電子で展開しているニュース媒体ですね。

久保田:特徴みたいのはあるんですか?

三谷:他の媒体と比べて、より、作品やタレントにフォーカスを当てたコンテンツが多い感じですね。で、3つ目はネット時代に新しく出てきた勢いのある媒体でして、もしかしたら今では「バラエティ」よりも強いんじゃないかと言われている「Deadline.com(デッドラインドットコム)」という媒体です。

久保田:デッドライン?

三谷:そう。通称「デッドライン」と呼ばれています。

久保田:もう名前が強いな(笑)。

三谷:元々は「Deadline Hollywood(デッドライン・ハリウッド)」というブログからスタートしているのですが、それが業界内で信頼を得ていって、非常に価値があるものとして、今、評価されているという流れがあります。特徴としては、より独自路線の記事みたいなものが強かったりします。

久保田:その3つの媒体には日本語版はない?

三谷:「バラエティ」に関しては、以前に日本語版があったんですが、業界紙なので読む人が少なかったようで需要と供給が合わず、なくなってしまいました。

久保田:うわー、残念だ。

三谷:まぁ、どの媒体も英語で書かれてはいますが、今は翻訳機能とかもありますから、正確な言葉ではなくてもなんとなく読むことはできるかと思います。だから、日本語で映画業界事情は知りたい場合は、やっぱり映画.comさんですよね(笑)。

久保田:めちゃくちゃ寄せて置きにいってるじゃん(笑)。

三谷:まぁまぁまぁ(笑)。なので、ハリウッドの情報を知りたいなら、「バラエティ」「ハリウッドレポーター」「デッドライン」の3つを押さえるのが基本になるかなと。

久保田:これは情報的には基礎って感じですか?

三谷:これは基礎の基礎ですね。日常的に、「あのニュースあったよね」といった話題が出たりするので、共通認識というか共通言語として扱われる感覚です。たとえば、「クリストファー・ノーラン監督が新しい映画をつくります!」みたいことがあったときに、最初は、全部そういった媒体にニュースが出て、そのニュースソースを元に日本の媒体も翻訳して記事にしていくということもあると思います。

久保田:へぇー。でも、それだけだと業界の人はみんな知っている情報じゃないですか。

三谷:みんな知ってますね。

久保田:とっておきみたいなやつ欲しくないですか?

三谷:あとはもちろん、業界の付き合いの中で個人的に内部事情を知って、そこから数日後にそれがニュースになって、みたいなこともあったりします。いわゆる、「個人的な情報源」というやつですね。ただ、誰しもキャリアの最初の頃は、そういうルートはもっていないので。

久保田:それはどうやってできていくの?

三谷:結局は、1対1の人間関係をつくって積み重ねていくところから、という気がしますかね。

久保田:やっぱりそうなるよね。

三谷:私の場合、本当に何も誰とも繋がりはなかったので、まず留学した先のクラスメイトが直接のネットワークになって、そこから広がっていった感じですけれど、もちろんその中でも広がっていかなかったことも当然ありますし。結局、言ってしまえば、信頼が一番の通貨、みたいなところってあるじゃないですか。

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久保田:お。これは金言ですね「信頼が一番の通貨」。

三谷:スタート地点からの積み重ねみたいな部分がありますからね。だから、逆に怖いなと思うこともあって。たとえば、ある仕事でしくじったとするじゃないですか。そうしたらそのしくじりが、信頼のトータルスコアに影響することもあるし。当然それを挽回して、より良くしていくこともあるんですけれど。ある意味、それがちゃんと仕事をするためのモチベーションやインセンティブにもなっている部分もある気がしますね。

久保田:本当にそうですね。だから本当に、着実に付加価値を出して、謙虚に生きると。その結果として、人とのつながりも広がったり深まったりするからね。

三谷:いや、ほんとに。

久保田:意図的に情報収集網を広げようみたいなことはあるの?

三谷:あー。映画業界は特に、ネットワーキングイベントみたいなものはすごくありますね。たとえば、「USC(南カリフォルニア大学)と、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)とAFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート=アメリカ映画協会付属大学院)で飲もうぜ!」みたいな催しはあったりはしますね。

久保田:僕はそういうのに全然呼ばれないんですよ(笑)。

三谷:呼ばれないですか?(笑)。

久保田:全然呼ばれないし、あんまり好きじゃないし。誘われて行って、そこに並んでいるビュッフェをわーっと食べて30分で帰ったことがある。

三谷:(笑)。フィルムスクールで言うと、私の通っていたUSCは「ちゃんとネットワークをつくろうね」という空気感が強い学校だったんですよ。

久保田:そういうのがあるといいね。

三谷:なので、プロデュース科とプロダクション科(監督、撮影監督、編集、音声など制作に関するあらゆることを実地で習得する学科)で協力して映画を撮ったりとか。私はわりと自分からプロダクション科の人たちと絡んでいって、彼らがつくっている短編映画の雑務を引き受けるクルーとして入って、人間関係をつくったり。

久保田:おー、積極的。

三谷:そもそも現場に行くのが好きということもあったんですけれど、他の人がどういうふうに現場を切り盛りして、作品を撮っているのかが知りたいというインセンティブが自分の中にあって。でも、そこでしっかりお手伝いをすることでできた人間関係もあるし、そういうことから発展していくというのもやっぱりありますよね。

久保田:いやぁ、それは理想的な関係構築ですよね。

三谷:だから、一緒に仕事するっていうのが一番手っ取り早く深い関係になる方法だなってのはすごく思いますね。

久保田:ほんと、それが一番早い。

三谷:映画の現場に入ったら、その現場の色んなクルーの人と知り合いになって、そのクルーが他の仕事をしていくなかで――たとえば、別の映画に出てたときに、「あ、この映画出てたね、すごいよかったよ!」みたいな話とかをして旧交を温めたりとか。

久保田:たしかに物作りの現場だと、「こういう人にちょっと手伝って欲しいなあ、ちょっと来られる?」みたいに声をかけてくる人が多ければ多いほど、結果的に自分の仕事にとってすごくプラスになることあるよね。自分がのし上がりたいとか関係なく。

三谷:そうそうそう。個人的に情報が入ってくるような間柄って、結局はそういう信頼関係やつながりのなかから出てくるものなんですよね。

久保田:そうね。あとは、情報収集といっても、結局、媒体に出ているような情報は、もうすでにある程度みんな周知の事実みたいなこととして世に出ているわけで。本当に蠢いている「情報」になる前の段階っていうのも当然あって、そこでは様々な人間が様々な形で絡んでいるんだよね。

三谷:久保田さんは、普段話を聞いていると、そういう情報になる前の情報、みたいなものをいっぱい持ってそうですけど(笑)。

久保田:そうですね。ただ、その手の話はそれこそ個人的にじゃないと話せないですよ (笑)。

三谷:それも信頼関係の賜物ですね(笑)。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#89 最新情報を逃さない!ハリウッド的「情報収集術」)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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