コラム:下から目線のハリウッド - 第22回

2021年11月19日更新

下から目線のハリウッド

映画製作に欠かせない!「資金調達」ってどうやってるの?

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

大手スタジオと違い、インディペンデント映画は製作費という壁を乗り越えるところから始まる! どこからどのように資金を募るのか。さらには、映画ならではのファイナンス事情まで、映画製作の第一歩である「資金調達」について語ります。


三谷:今回は、番組のほうに「映画の製作費事情はどうなっているのか」というお便りをいただいたので、そちらに答えていきたいと思います。じつはこの話って、フィルムスクールでも2年目の中盤以降に出てくるような話なんですよ。

久保田:へー。かなり後ろのほうなんだね。

三谷:卒業論文の一環として、自分の映画企画にどうやって資金調達するのか、そのプランをつくる講義があって、そこで初めて勉強していくことになるんです。で、今回はインディペンデント映画においての資金調達をメインに話していきますが、まず前提となる話として、映画は「投資商品」という側面があるんです。

久保田:なるほど。

三谷:一般的な「投資」としては、株や不動産が思い浮かぶと思うんですが、そういった投資商品の超ニッチなものとして「映画」があります。ただ、「お金を投じてリターンが得られる」という意味で言うと、かなり高リスクな商品にはなります。

久保田:それはなんで?

三谷:投資として見たときに、あまりにリターンを得られる可能性が低いから、ですね。

久保田:ヒットするかどうかはわからなくて一発ホームランか三振か、みたいな商品だもんね。

三谷:なんなら投資的な文脈で言えば、空振りになるほうが圧倒的に多いですから。

久保田:でも、実際に出資者が現れて映画がつくられてるわけでしょ。なんでそんなにリターンが低い商品なのに「投資しよう!」ってなるの?

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三谷:そこに「映画という投資商品」に出資してくれる人の特性があります。映画を1本つくるのには、低めに見積もっても数億円はかかるわけなので、基本的には「超が付くくらいのお金持ち」しか出資しない世界なんです。

久保田:5000万円とか1億円とかをポンと出せる人ってことか。

三谷:そういった超お金持ちの人が、たとえば、「映画のプロデューサーになりたい」――出資額が多ければ、エグゼクティブプロデューサーとしてクレジットされたりするので――とか、「出資の見返りに撮影現場に行きたい」とか。そういう価値や体験のために出資する人もいたりします。

久保田:それで億単位のお金を出せるって、かなり異次元な金銭感覚だよね(笑)。

三谷:ですよね(笑)。

久保田:でも、僕も何度かそういう方にお会いしたことはありますけど、そういう人ほど、日常はわりと質素だったり、ごく普通の生活をしてたりする。だけど、出すときにはポンと出す。

三谷:はいはい。

久保田:それで、いざお金を出すって決めると、「それにはお金を出す意義がある」って言うの。

三谷:たしかに。そうおっしゃる方も多いですよね。

久保田:でも、「意義がある」で映画に出資するのって、「投資」って言うのかな?

三谷:出したお金に対してリターンがある仕組みにはなっているので、「投資」と言えるかなと。ただ、そういう人の場合は、金銭的な見返りよりも「志」や「意義」に重きを置いてくれているということなんでしょうね。

久保田:そうだね~。

三谷:で、そういう形の出資は「エクイティ(equity)」というものになります。

久保田:「エクイティ」っていうのは、一般的に言えば「株式投資」ってことだよね。

三谷:映画の製作費が〇〇円と決まっていて、そのうちのある割合を、まさに「株式」みたいな形で買うわけです。そして、もし映画が黒字になれば出資の比率に応じてリターンが得られる。そういう仕組みですね。

久保田:ちょっと金融っぽい話になってきましたけど、つまりは、超お金持ちの人に「こういう映画つくりたいので、お金出してください」って頼むのが、資金調達のひとつの方法ということですね。

三谷:そうです。もうひとつ別の資金調達の方法がありまして。それが「デット(debt)」、つまり、「借金」ですね。銀行からお金を借りて、製作費に充てるわけです。

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久保田:ぶっちゃけ貸してくれるものなの?

三谷:相手は銀行なので、当然、担保がないと貸してはもらえないです。ただ、映画には「映画ならではの担保」がありまして。映画をつくる前の時点で、映画ができあがったときの「配給権」を売ることができるんです。

久保田:なるほど!

三谷:「デット」の場合、その「配給権」を売ったときのMG(Minimum guarantee:ミニマムギャランティ)という対価を、交渉して決定することができるんです。たとえば、アメリカの配給会社に1億円で配給権を売りに出して、買い手が見つかって契約できれば、そこでまずは1億円の担保が生まれます。そうやって他の国でも配給権を売って、それらを担保に銀行からお金を借りて、製作資金をつくるわけです。

久保田:「エクイティ(投資)」と「デット(借金)」って、どちらも、お金を出してもらうというところは同じだけど、思想とか概念はまったく違うよね。

三谷:そうですね。

久保田:「エクイティ(投資)」は、大きくリターンが生まれることを期待されているから、投資を受けている期間は一定のプレッシャーがかかるんですよね。でも、「デット(借金)」の場合って、事業やプロジェクトが成功しようが失敗しようが、お金さえ返してくれればそれでいいって世界じゃないですか。

三谷:まさにそうですね。

久保田:たとえば、映画製作費に10億円が必要で銀行から借りました。ところが、いろいろあって10億円がゼロになっちゃいました。でも、すごく極端な話、その映画スタッフ1000人とかでめちゃめちゃバイトして10億円をつくって返せば、何の問題もない。

三谷:どんなバイトですか(笑)。でも、そういうことですね。大きく分けて、この2つが資金調達の方法なんですが、映画特有のものとして「ギャップファイナンス」というものがあります。

久保田:それはあれですか、スタッフが全員GAPの服を着ていると、アパレルメーカーのGAPさんが製作費を出してくれるってことですか?

三谷:すごい社会事業に力を入れてて、そういうことをしてくれてね(笑)。

久保田:すげーイイ会社だよね(笑)。それを総称して「GAPファイナンス」っていうことで合ってますか?

三谷:違います(笑)。「ギャップファイナンス」というのは、たとえば、「エクイティ」で製作費の5割、「デット」で3割が調達できたとします。その残りの2割――つまり、ギャップの部分を埋めるためのファイナンスです。

久保田:はいはい。

三谷:これも、大別すれば「銀行からお金を借りる」というものなんですが、銀行ローンの中でも、より利子が高い形で「売れ残っている配給権の価値」を担保に入れて、残りの資金を調達する方法です。

久保田:なるほどね。

三谷:で、じつはもうひとつ、ある種の資金源として「税制の優遇措置」を取ることがあります。たとえば、ある特定の国や地域で撮影をすると、そこで落としたお金の一部を還元する仕組みがあったりするんです。

久保田:へ~!

三谷:そういう制度を敷いている国や地域は、映画撮影を誘致することで観光資源にしたり、撮影されることで国や地域自体のPRになったりするメリットがあるわけです。たとえば、私が制作にかかわった「ゴースト・イン・ザ・シェル」は、撮影の大半がニュージーランドで行われていまして。ニュージーランドで撮影すると、4分の1が返ってくるというインセンティブが働いて、撮影場所が決まった経緯があります。

久保田:タックス・ヘイブン感がありますね(笑)。

[註:タックス・ヘイブン(Tax Haven)=課税の完全免除や、著しい軽減がされている国や地域。租税回避地、低価税地域とも呼ばれる。ケイマン諸島、バージン諸島などが有名]

三谷:イメージ的にはそういうことですね。映画における税制の優遇措置を設けているところだと、最近は、南アフリカやオーストラリア、東欧あたりがアツいですね。

久保田:そうなんだ。

三谷:もちろん、それによるデメリットというか盲点もあって。現地クルーと英語でコミュニケーションが取りにくかったりとか、現地の人をキャスティングしたけれど映画の目指している方向とちょっと違ってしまったりとか。

久保田:なるほど。映画の製作面や物語とちゃんとマッチしていて、尚且つ、経済的に優遇されている場所であることが理想なわけだ。

三谷:そうなんです。

久保田:「エクイティ(投資)」「デット(借金)」。その派生で「ギャップファイナンス」があって、あとは「税制の優遇措置」があると。いろんなやり方があるけど、この資金調達を担当するのは誰ですか?

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三谷:それはプロデューサーの仕事になります。

久保田:それって広く求めるんですか。それとも口コミとかなんですか? ベンチャー企業界隈だと、なんのかんの言ってコネクションが重要だったりしますけれど。

三谷:そういうコネクションを持っている人は、その線で行くと思います。何もコネクションがなければ、たとえば、各国の映画祭に併設されている映画マーケットに足を運んで、プレゼンをして配給権を売ったり、運良く出資してくれる人が見つかれば交渉をしたりとか、そういうアクセスをする人が多いですね。

久保田:でも、広く開かれた場所でプレゼンしても、だいたい相手にされない感じがあるんだよね。

三谷:それはありますね。なので、個人的なつながりでできるのがベストですね。

久保田:あとは、「こういう映画つくろうと思ってるけど、興味ありそうな人いるかな?」っていろんな人に言って回ると、誰かからその話を聞きつけた人が連絡くれてつながるパターンもあるだろうから、そこで交渉するとか。さらにその人のコネクションで出資してくれそうな人を紹介してもらう、みたいな。

三谷:そうですね。

久保田:そういう場合ってさ、「リードいるんですか?」って聞かれない?

三谷:ありますあります!みんな最初の1人になるのってけっこう慎重になるから「すでにこの企画にお金出している人はいますか?」って話ですよね。

久保田:それもあるんだけど、「出資者の中で全体の空気を引っ張ってくれる人はいるか」っていうニュアンスのときもない?

三谷:はいはい。

久保田:たとえば、10億円の資金を募っているときに、5000万円で出資を考えてくれる人が3人いる場合、10億円に対して5000万円×3=1億5000万円だから、「あれ、このまま出資して大丈夫かな?」って、その3人はちょっとそわそわしちゃうんだよね。

三谷:それもあるあるですね。

久保田:TVの「格付けチェック」で、部屋に誰もいないと不安になるけど、GACKTさんとかデヴィ夫人とかがいると超安心するみたいな(笑)。

三谷:たしかに(笑)。だから、そこでGACKTさんやデヴィ夫人的なポジションで、「5億円出しますよ」と言ってくれている人がいると、他の出資者も安心しますよね。

久保田:ちなみに、三谷さんだったら何万ドルくらい出資を集められそうですか?

三谷:そうですねぇ……。

久保田:2000ドルくらい?(笑)。

三谷:そうですね。なので20万円くらいで良い映画をつくるというのが目標になりますね(笑)。

久保田:それはキビしすぎるなー(笑)。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#68 映画製作に欠かせない「資金調達」ってどうやってるの?)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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