コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第51回

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「リンカーン弁護士」

原作は「刑事ハリー・ボッシュ」シリーズ等 で知られる人気作家マイクル・コナリー
原作は「刑事ハリー・ボッシュ」シリーズ等 で知られる人気作家マイクル・コナリー

大型のアメリカ車には捨てがたい味がある。ロサンゼルスの広い道をゆったりと走るときなどはとくにそうだ。ポルシェやBMWやSUVだけが幅を利かせるのは、やはりおかしい。まして、レクサスとかハマーが大きな顔で映画に出てくると、私は軽い失望を覚える。

リンカーン弁護士」の主人公ミック・ハラー(マシュー・マコノヒー)は、題名どおりリンカーンの後部座席を事務所代わりにしている。薄給で働いてくれる運転手がいて、情報屋や麻薬密売人や保釈保証人などの間を身軽に飛びまわる。離婚した妻(マリサ・トメイ)は地方検事だが、いまでも仲がよい。

そうか、マーロウものの変種か。チャンドラーやロス・マクドナルドの愛読者ならすぐに気づく。ミックは頭が切れる。ちょっと嫌味でつむじ曲がりだが、ガッツもある。依頼人には下層階級が多いが、たまに富裕層がまぎれこんでくる。映画の冒頭でも、ミックは若い不動産業者ルイス(ライアン・フィリップ)の弁護を引き受ける。娼婦に対する傷害容疑を晴らしてくれと、ルイスは真剣なまなざしで頼み込む。

臭いぞ。普通の観客なら、まずそう思う。実際、話は一筋縄では進まない。法廷ドラマの要素も強く、かなりよじれる。複雑なプロットが好きな人でも、退屈はしないはずだ。

が、私はむしろ映画の空気を楽しんだ。顔が長大で、独特の科白まわしが楽しいマコノヒーが曲者であることは周知の事実だが、脇役にも味のある人がずらりとそろっている。先に挙げたトメイを筆頭に、情報屋のウィリアム・H・メイシー、保釈保証人のジョン・レグイザモ、依頼人の母親のフランシス・フィッシャーなど、頭の柔らかい芸達者たちが、自己主張など忘れて映画に奉仕する。そう、「リンカーン弁護士」はB級映画の掟を守っているのだ。特撮アクションが出てこないのも、私には好ましかった。
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リンカーン弁護士

WOWOWシネマ 8月30日(金) 21:00~23:15

原題:The Lincoln Lawyer
監督:ブラッド・ファーマン
製作:シドニー・キンメルゲイリー・ルチェッシトム・ローゼンバーグ
出演:マシュー・マコノヒーマリサ・トメイライアン・フィリップジョシュ・ルーカスジョン・レグイザモマイケル・ペーニャフランシス・フィッシャーブライアン・クランストンウィリアム・H・メイシー
2011年アメリカ映画/1時間59分

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「ヤング≒アダルト」

サイコで、クイーンで、ビッチのイタい女 を好演したシャーリーズ・セロン
サイコで、クイーンで、ビッチのイタい女 を好演したシャーリーズ・セロン

「サイコティック・プロムクイーン・ビッチ」という台詞が、映画のなかに出てくる。字幕では「女王気取りのクソ女」と訳されていたが、実はもう少し複雑だ。サイコで、クイーンで、ビッチ。こんな札が3枚もそろったら、その存在は最悪最凶になる。圧倒的な嫌われ者にもなる。しかも自分が、鼻つまみ者であることに気づいていないとしたら……。

ヤング≒アダルト」の主人公メイビス(シャーリーズ・セロン)はそんな女だ。ミネアポリスの高層アパートでひとり暮らしをしている37歳のゴーストライター。美人は美人だが、不機嫌と寂寥感と欲求不満の色は隠しようがない。要するにイタい女だ。

かつてメイビスは、ミネソタ州マーキュリーという田舎町で人生の頂点にいた。そんな故郷からメールが来る。昔の恋人が同級生と結婚し、子供も生まれたというのだ。

メイビスは、なぜかのこのこと帰郷する。そして、どうしようもなくとんちんかんな行動に出て、いやというほど嫌われる。女王気取りで振る舞い、それが通じないとねじくれた性格をあらわにするのだ。これでは、旧友に嫌われ、観客に嫌われても無理はない。

ダークなコメディを撮るつもりなら、この設定だけで十分だ。が、監督のジェイソン・ライトマンはその先を求める。メイビスの悲惨物語を描くのみならず、マット(パットン・オズワルト)というのけ者を登場させるのだ。マットには、のけ者特有の洞察力がある。観客も、彼の眼を通してメイビスを見る。

すると、いろいろな景色が見えてくる。ライトマンは、けっこう冷静だ。単細胞の抱腹絶倒や、ありきたりのハッピーエンディングには中指を立てる。「ヤング≒アダルト」はなかなかよく考えられた映画だ。劇的な破局を描くよりも長い下り坂を描くほうがむずかしい――この教訓を押えつつ、ライトマンはあえて地味な冒険に挑んでいる。
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ヤング≒アダルト

WOWOWシネマ 8月8日(木) 17:15~19:00

原題:Young Adult
監督:ジェイソン・ライトマン
脚本:ディアブロ・コーディ
音楽:ロルフ・ケント
出演:シャーリーズ・セロンパットン・オズワルトパトリック・ウィルソンエリザベス・リーサーJ・K・シモンズ
2011年アメリカ映画/1時間30分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。