コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第46回

2013年2月28日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「ハンナとその姉妹」

第59回アカデミー賞(1986年)で 助演男優賞、助演女優賞、脚本賞を受賞
第59回アカデミー賞(1986年)で 助演男優賞、助演女優賞、脚本賞を受賞

この絶妙のコントロールはどうだろう。

失投が一球もない。三振の山が築かれるわけではないが、ボール1個分の出し入れが緻密で、手を出せば凡打に倒れるほかない。もっと具体的には、打者が低目のボール球に手を出し、つぎつぎと内野ゴロに討ち取られていく光景を思い浮かべていただきたい。それほどみごとな制球力。

ハンナとその姉妹」はそんな映画だ。邦題はちょっとまぎらわしい。映画を見ればわかるとおり、出てくるのは、ハンナ(ミア・ファロー)と妹ふたりだ。上の妹がホリー(ダイアン・ウィースト)で、下の妹がリー(バーバラ・ハーシー)。ホリーは、ハンナの前夫ミッキー(ウッディ・アレン)と接点がある。リーは、ハンナの現在の夫エリオット(マイケル・ケイン)と関わりを持つ。どういう関係かは説明しない。見ればすぐにわかる。

ウッディ・アレンは、ここで絶妙の制球力を発揮する。ドロドロのメロドラマならば10本ぐらい撮れそうな材料をそろえながら、そんな誘惑には眼もくれず、むしろ悲劇にも喜劇にも傾斜しない独自の細道を選び取る。

すると、どうなるか。

ハンナとその姉妹」は濃厚なのに重くなく、ひやひやさせるのにあくどさを伴わない。つまり、濃くて軽い。塩や脂は薄めなのだが、ダシの利いた旨味が口のなかに広がり、隠し味のスパイスがときおり舌を刺す。

そう、この映画は辛辣でおかしい。だがアレンは、内角高目をフォーシームで攻めて打者を挑発したり、真ん中にずばりと直球を投げ込んで打者の度胆を抜いたりはしない。冒頭にも書いたとおり、彼の勝負球は外角低目のスライダーだ。アレンはそこを丹念に突く。しびれを切らさず、ふくみ笑いと慎重さを忘れない態度。そこが頼もしい。ケインとハーシーの複雑な化学反応も、このコントロールがあればこその描写だった。

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ハンナとその姉妹

WOWOWシネマ 3月13日(水) 11:00~13:00

原題:Hannah and Her Sisters
監督・脚本:ウッディ・アレン
製作:ロバート・グリーンハットチャールズ・H・ジョフィジャック・ロリンズ
撮影:カルロ・ディ・パルマ
出演:マイケル・ケインミア・ファローダイアン・ウィーストキャリー・フィッシャーバーバラ・ハーシーマックス・フォン・シドーウッディ・アレン
1986年アメリカ映画/1時間47分

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「摩天楼を夢みて」

ピュリツァー賞に輝いた同名戯曲をデビッド・マメット自ら脚色
ピュリツァー賞に輝いた同名戯曲をデビッド・マメット自ら脚色

ご覧になる方に、ふたつほどリクエストがある。まず邦題を無視していただきたい。そして、台詞に耳をそばだてていただきたい。

2番目はとくに重要だ。できればヘッドフォンを使ってもらえないだろうか。ただし、四文字言葉の数をチェックするためではない(139回出てくるそうだ)。デビッド・マメット脚本の、血湧き肉躍る言葉の奔流をダイレクトに受け止めてもらいたいのだ。

舞台は、シカゴのうらぶれた不動産屋である。主な登場人物はそこで働く4人のセールスマンと支店長だが、本社のエリートや顧客、さらには刑事なども話にからんでくる。

本来が2幕ものの舞台劇だけあって、話の構造はそう複雑ではない。稼げないセールスマンたちが追い込まれていく前半と、彼らがさらに追いつめられる後半。その展開が、ナックルやスクリューボールのように変化する。

変化を担うのは、百戦錬磨の男優たちだ。エド・ハリスアラン・アーキンがドーナツ屋で交わす会話。アル・パチーノジョナサン・プライスを口説く中華屋でのやりとり。ジャック・レモンケビン・スペイシーに車のなかでもちかける必死の交渉。

どれもすばらしいデュエットだ。というより、これは「容赦なき削り合い」だ。小商いと綱渡りが交錯し、強がりの背後で、澱み切った絶望がどす黒い顔を覗かせる。

そう、この映画の登場人物たちは救いがたく腐っている。そんな彼らが「仁義なき戦い」の登場人物さながら、身も蓋もない言葉をノーガードでぶつけ合う。マメットの脚本は、役者の発語本能に火をつけ、観客の言語中枢を鋭く刺激する。その饒舌も、そのブラックユーモアも、ウッディ・アレンクエンティン・タランティーノとはまた異なった魔力を放つ。「マメットスピーク」の快感は、一度味わうとやみつきになる。

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摩天楼を夢みて

WOWOWシネマ 3月28日(木) 21:00~23:00

原題:Glengarry Glen Ross
監督:ジェームズ・フォーリー
原作・脚本:デビッド・マメット
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:アル・パチーノジャック・レモンアレック・ボールドウィンエド・ハリスケビン・スペイシーアラン・アーキンジョナサン・プライス
1992年アメリカ映画/1時間41分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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