コラム:佐藤嘉風の観々楽々 - 第12回
2008年12月15日更新
第12回:僕たちへ向けての「愛」についての指南書
いよいよ師走となりました。今年は私、佐藤嘉風にとっても様々な変化に富んだ1年となりました。変化の度に、自分の無力さを痛感するばかりでありまして、まるで自己嫌悪という名の沼地の中を、片足ずつ引っ張り上げては歩いてきた様な気がします。しかし、その沼地での歩行運動が、人生において実はとても貴重で有効なエクササイズであったんじゃないかと、今は感じております。
そんな中、この「観々楽々」は今回をもちまして終了とさせていただきます。1年間、大好きな映画について、コラムを発表出来た事、また、つたない文章にも関わらず皆さんにこのコラムを読んで頂けた事、大変嬉しく思っております。本当に、ありがとうございました。心から感謝の意を捧げます。
さて「観々楽々」最終回にご紹介します映画は、12月27日より公開となる映画「そして、私たちは愛に帰る」です。まさに最後を飾るにふさわしいタイトルですが、若き俊英ファティ・アキンが監督・脚本したこの作品は、07年度にカンヌで脚本賞を受賞しております。ヨーロッパの中でも人権問題や司法問題など様々な社会問題を抱えているトルコと、現在もトルコ系移民が数多く居住しているドイツという2つの国を交差させ、その「のりしろ」の部分で重なり合い、またすれ違う3組の親子を映し出した作品です。監督自身も、トルコ系移民2世としてドイツで生まれており、ヨーロッパの社会状況を非常にリアルに知る事が出来る優れた作品です。また、場所・人物・時間という3つの要素が絶妙に絡み合うストーリーの展開も素晴らしく、監督の構成能力の高さに驚かされます。
この映画の1つのテーマでもある「愛」という言葉を考えてみたとき、そのあまりに捉えがたい定義に僕たちは翻弄されてしまうし、画一的な宗教観の無い日本においてはなお、曖昧な響きを醸し出しています。宗教の画一化なんて事が、唯一の正解だとは言えませんが、せめてもう少し、僕たちが「愛」についての考察や感覚を研ぎ澄ませていれば、この国で頻発する親子間での殺し合いやトラブルの数も減るのかも知れません。
この作品は、そんな僕たちへ向けての「愛」についての指南書だと思いました。僕は今まで「愛」というものを、ついつい自分の内面や周囲の人間の内側に探してしまっていましたが、それは全くのおごりだったのかもしれません。どちらかと言えば、僕たち自身が「愛」という言葉の定義の中にすっぽりと内存しており、その中でしか人として生きられないんじゃないかと映画を観ていて感じました。
多くの人がこの作品を観て、09年が愛に溢れた年になればいいなあとささやかに願っています。また皆さんにどこかでお会い出来る事を夢見ています。
筆者紹介
佐藤嘉風(さとう・よしのり)。81年生まれ。神奈川県逗子市在住のシンガーソングライター。 地元、湘南を中心として積極的にライブ活動を展開中。07年4月ミニアルバム「SUGAR」、10月フルアルバム「流々淡々」リリース。 好きな映画は「スタンド・バイ・ミー」「ニライカナイからの手紙」など。公式サイトはこちら。