コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第81回
2020年2月26日更新
第81回:馬三家からの手紙
物語の始まりから、もうスリリングだ。アメリカのオレゴン州に住む女性が、スーパーで2年前に購入したハロウィン飾りの箱に手書きの英語で書かれた手紙を発見する。それは「労働教養所」と呼ばれる中国の強制収容所からのSOSだった――。
ここから話は、一気に中国大陸の奥深くへと入り込んでいく。
ひそかに手紙を送ったのは、瀋陽にある馬三家(マーサンジャ)労働教養所に収監されていた孫毅だった。彼は技術者だったが、中国共産党が禁じる気功の団体「法輪功」の学習者でもあり、2年半ものあいだ収監され、拷問を受け、生死をさまようほどの弾圧を受けていたのだった。
ここからがさらに驚くべき展開になる。カナダ在住の中国系映画監督レオン・リーがこの話を映画化しようと考え、手紙の主を探しはじめた時、孫毅はすでに出獄していた。ようやく居場所を突き止め、スカイプで会話することに成功する。しかし、どうやって映画を撮るのか。
中国反体制派であるリー監督は入国できない。孫毅は見つかれば、再び弾圧されることは必至だ。しかし孫毅は覚悟を決め、自ら撮影することを決める。リー監督から必要な機器の指示され、スカイプで撮影のトレーニングを受け、その内容をひそかに協力してくれた友人たちにも教えた。そして必死の覚悟による映画製作が始まったのだ。
労働教養所内部はもちろん撮影できないから、孫毅が書いたマンガをアニメーション化して再現している。これがとても心に刺さる。孫毅という人物は、英雄的な風貌をしているわけでもなく、実に穏やかで飄々としていて、田舎の中学校の先生のようで、誰もが「この人となら友人になりたい」と思えるようなたたずまいだ。その彼が弾圧にあらがい、外の世界に向けて映像や発言を発信し続ける。その静かな闘志に心打たれる。
そして終盤に向けての展開は、さらに驚くべきものだ。国家と時代にもみくちゃにされ、運命に翻弄されていく。過酷という言葉以上に、この映画について語るものはない。そして本作を世に送り出した孫毅とレオン・リー監督には、ただただ感謝の言葉しかない。多くの人に観られてほしい映画だと思う。
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■「馬三家からの手紙」
2018年/カナダ
監督:レオン・リー
3月21日から新宿K's cinemaほかにて全国順次公開
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao