コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第60回
2018年5月7日更新
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第60回:SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬
デヴィッド・ボウイやイギー・ポップ、マーク・ボランなど世界的に有名なミュージシャンの写真を数多く手がけたことで知られる、写真家鋤田正義。彼の写真の魅力とはいったい何なのか?ということに迫っていく作品だ。

世界でも最も有名な彼の写真は、革ジャンを着たデヴィッド・ボウイが不思議な手のジェスチャーをして写っているモノクロームの写真だろう。ボウイの1977年のアルバム「ヒーローズ」のジャケットになった。
本作にはギタリスト布袋寅泰、映画監督ジム・ジャームッシュ、俳優永瀬正敏、スタイリスト高橋靖子、坂本龍一、細野晴臣、高橋幸宏、映画監督の是枝裕和、さらにはファッション界からポール・スミスや山本寛斎まで次々と登場してきて、この綺羅星のようなインタビューを眺めているだけでも飽きない。
ただインタビューを重ねて行くという構成なので、結局のところ鋤田正義の写真とは何なのか?ということが明確に示されているわけではない。

私が非常に印象的だと思ったのは、写真家宮原夢画のコメントだ。鋤田正義はまだ新進のころ、同じように新進気鋭だったアートディレクター宮原鉄生と組んで、カラスを使った広告シリーズを製作している。この作品群も非常に魅力的であり、とても現代的だ。宮原夢画は宮原鉄生の息子で、映画の中で鋤田の写真についてこう語っている。
「古くないというか、朽ちていかないとかそういうもの。残っていくものと残っていかないものの差って、僕はわからないんですけれど。でも残って行くものを鋤田さんとうちの父親で作っていたというフィーリングを感じます」
残っていくものと残らないもの。たとえばいま流行っているヒット曲を聴き、なんて素晴らしく良い曲なんだと感じる。でも10年後、20年後に同じ曲を聴いた時に、単なる懐かしさを超えた普遍的な魅力を保ち続けているかどうか。これは楽曲によって違うし、ミュージシャンによっても違う。加えて、その曲をリアルタイムで聴いた時には、それが20年後に残っているかどうかはまったく想像もつかない。
これは音楽だけでなく、写真や絵画、小説など文化のあらゆるジャンルに当てはまる。「今でもまったく古びていないね」というものもあれば、「あの時はあんなに素晴らしいと思ったのに、20年経ってみるとなんだか古臭い感じしかしないねえ」というものもある。
この違いはどこからやってきているのか。宮原夢画の疑問はまさにそこにあって、そしてそれは鋤田正義の写真の最大の魅力でもある。ボウイの写真にしろ、T.REXのマーク・ボランが髪をなびかせながらギターを奏でている写真にしろ、もう半世紀近くも前の作品だというのに、まったく古さを感じない。いつまでもカッコ良く、普遍的だ。

鋤田の作品の普遍性は、「ロック的」と表現してもいいのかもしれない。ロックというと「反権力」「時代に叛逆する」というようなステレオタイプな形容がよく語られるが、そのように定義を固定化した途端に概念と概念の支持者は保守的に陥る。
鋤田の精神からロック的なものをすくい取るとすれば、それはある種の動き続けるワクワク感であり、何かが始まろうとしている予感めいたものだ。今の主流ではなく、新しすぎて理解してくれる人は少ないけれども、次の時代にはこれこそが支持されるのだという予感に満ちて、誇りを持って突き進むこと。
そういう期待と流動性が、鋤田の写真には満ちあふれている。
本作で描かれる鋤田の撮影方法、撮影対象への迫り方にも、その感覚は浮き彫りになっている。構図やポーズの指示は出すが、しかし細部まで決めてしまうのではない。動きのスタート地点を指示し、後は撮られる側が自分で動いていくのを待つ。その動きを追いながら、ある瞬間で、シャッターを切る。
言い換えれば、鋤田の設定した場の中で撮影対象は動き回り、飛び跳ね、その流れるような流動性とその先への期待感が高まったところで、その瞬間を切り取っているのだ。
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(C)2018「SUKITA」パートナーズ
だから鋤田作品は、決してスナップ写真のような偶然の光景でもなく、かといって構図をかっちりと決めて凍結されたような光景でもない。ポーズはピタリと決まっているのに、その向こう側に躍動感が見えてくる。動画ではないのに、動画のように見えるのだ。
鋤田の個展をプロデュースしている立川直樹は、本作の中で次のように語っている。
「テクノロジとも並走してるし、時代とも並走してる」
「現役の旅をしてる人ですよ。時空を超えて、どういう風にでも組み替えられるすごさがあって、そこにはヒストリーはない。もちろんこれは七十年代、六十年代っていう作品年代はあるんだけど、それらを混ぜた時に違和感がない。鋤田さんの写真の魅力って、そこに尽きる気がする」
躍動の中の瞬間は、時代を超えた普遍へとつながるということなのだろう。
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■「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」
2018年/日本
監督:相原裕美
5月18日から新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao