コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第58回
2018年3月2日更新
第58回:リビング ザ ゲーム
私は20代の一時期を除くとテレビゲームの類はこれまでほとんどやってこなかったし、いまもあまり興味はない。情報通信テクノロジーは専門分野だが、隣接するゲーム業界については何の知識もない。そういう門外漢なのだけれど、この映画には驚き、激しく刺激を受けた。
映画のテーマになっているのは、「eスポーツ」だ。パソコンや家庭用ゲーム機のビデオゲームでの対戦を、スポーツ競技として捉えたものである。「そんなものがスポーツと言えるのか?」「しょせんは手先の遊びじゃないか」と思う人もいるかもしれない。でも生身の肉体だけで勝負する伝統的なスポーツに対して、工業製品を駆使して戦うモータースポーツが生まれたのを考えれば、情報通信のテクノロジーを舞台に戦うスポーツが登場してくるのは何ら不自然ではない。
そして世界各国でeスポーツの大会が開かれるようになり、ゲーム企業などがスポンサーとなり、賞金や大会運営費を提供している。プロのプレーヤーも増え、中には1億円以上の年収を誇る人も出てきているという。
eスポーツにはシューティングやレーシング、スポーツなどさまざまな分野があるようだが、本作では格闘ゲームを舞台にしている。具体的にいえば「ストリートファイターII」だ。
そして主人公は二人。ひとりは、このジャンルで圧倒的な強さと人気を誇り、長年にわたって頂点に君臨している梅原大吾。彼のありえないほどの神的な技は必見だ。もうひとりの主人公は、梅原を乗り越えようとライバル心を燃やす若いプレーヤーの「ももち」。この二人を軸にして、台湾のゲーマービーやアメリカのジャスティン・ウォン、フランスのルフィなどいずれも個性的でキャラクターの立ったプロたちが、戦いに火花を散らす。
恬淡と孤高の戦いを続ける梅原と、どうしても彼に勝てず、苦闘を続けるももち。ようやく世界大会では勝利を手にするけれども、その後にあっさり梅原に再び敗北を喫し、苦悩は深まる。ももちには同じプロプレーヤーの恋人チョコブランカがいて、彼女との関係も物語の大きな軸になっている。
こうやってストーリーを紹介していると、まるで入念にストーリーが作り込まれたスポーツ漫画を紹介しているような気がしてくる。そして本作の魅力は、まさにこの深くて強い物語にある。ライバルとの戦いと孤独、混迷、恋人との関係、そしてそこはかとない友情――入念に作り込まれたスポーツものの人間ドラマを観ているような感覚に陥ってくるのだ。ドキュメンタリーなのに。
オリンピックであれパラリンピックであれ、あるいは将棋や囲碁であっても、戦う人たちの姿はいつでも人の心を打つ。それはビデオゲームという舞台でもまったく同じだ。ビデオゲームに興味がない人にこそ、この驚きと興奮を味わってほしいと思う。
■「リビング ザ ゲーム」
2016年/日本=台湾
監督: 合津貴雄
3月3日からシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao