コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第56回
2017年12月18日更新
第56回:カメラが捉えたキューバ
キューバのごく普通の三つの家族と、彼の国のリーダーであるフィデル・カストロ。この人たちを40年以上にわたってただひたすら追いかけ、撮影し続けてきた映画……そう説明すると、「退屈そうだなあ」と思う人もいるだろう。私も観る前は、なんとなくそういう嫌な予感がしていた。
しかし。淡々としているように思える映像なのに、観ているうちにものすごく引き込まれて行く。そして心の中に温かいものが湧き出し、気がつけば登場人物たちに自分が激しく感情移入し、時に笑い時に泣き、時に苦しみ、映像の中に自分が一体になっていっていることに気づく。
これは稀有な映画だ。だって、あのカストロにさえ感情移入しちゃうんだよ。自分がそんな風に感じるとは想像もしていなかった。
この映画を撮ったジョン・アルパートというアメリカ人は、映像ジャーナリズムの世界ではたいへん有名な人物だ。キューバだけでなくベトナムやニカラグア、アフガニスタンなど世界中のさまざまな紛争地や革命の現場を訪れ、生々しい映像を送り続けている。アメリカのテレビ業界の権威ある賞であるエミー賞を、10回以上も受賞している。
こういうジャーナリストの目線は、得てして「上から」になりがちだ。偉そうで、権威的で、あふれすぎている正義感に少々うんざりするタイプ。でもアルパートの目線は、まったく違う。上から目線などかけらもないし、かと言って過剰にへりくだる訳でもなく、それは言って見れば「横から目線」というかなんというか。つまりは古くからの友人たちに向き合うようにインタビューし、語り合い、あげくは一緒に遊ぶ。それは相手が一般市民であっても、フィデル・カストロでもまったく同じ。
この作品には、三つの家族が出てくる。革命で土地を手に入れ、ずっとそこを耕して暮らしている農家のボレゴ三兄弟。「将来は看護師になりたい」と夢を語った少女カリダット。時に非合法な仕事にも手を出し、刑務所にも入れられた青年ルイス。どの人たちも本当に愛おしい。特にボレゴ三兄弟なんて最高! いつ会いに行っても、時間が経って老いてもいつまでも同じ顔の三人がニコニコと迎えてくれて、時空を超越しているような人たちだ。
でもアルパートが40年も取材しているうちに、人々は子供から大人になり、中年になり、初老だった人たちは老いて病気になり、さまざまなことが起きる。それをアルパートは、友人に接するように撮影し続ける。その背後に、キューバの歴史が見えてくる。革命の興奮、ソ連に支援されていた時代の革命の栄光、そして冷戦終了後にソ連の支援がなくなり、苦難の日々──。
いつもいたずらっぽい目で大らかに笑い、カリスマのオーラを全身にまとっていたカストロは、苦難の時代になって、老いて目にも悲痛な光を宿す。観ていると彼の苦しい胸中がストレートに伝わってきて、ただ切ない。
この映画を観おわった時、三家族とフィデル・カストロは本当に昔からの友人たちのように感じた。これはドキュメンタリ映画の本当のすごいマジックだ。みんなも、彼らを友人にするためにこの映画を観てほしい。ネットフリックスで配信中。
■「カメラが捉えたキューバ」
2017年/アメリカ
監督: ジョン・アルパート
Netflixで独占配信中
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao