コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第47回

2017年3月13日更新

佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

第47回:ヨーヨー・マと旅するシルクロード

稀代のチェリスト、中国系アメリカ人のヨーヨー・マとその仲間たちを描く本作は、グローバリゼーションと音楽をテーマにしている。

「音の文化遺産」を世界に発信する「シルクロード・アンサンブル」を立ち上げたヨーヨー・マ
「音の文化遺産」を世界に発信する「シルクロード・アンサンブル」を立ち上げたヨーヨー・マ

グローバリゼーションという言葉に対して、「世界中が画一になってしまって、地域や民族の独自性がなくなってしまう」とネガティブに捉える人たちもいる。しかしそういう見方はきわめて一面的で、大きな間違いだ。実際にはグローバリゼーションは、さらなる多様化と混淆を促進する。

私は以前、『キュレーションの時代』(ちくま新書)という本で、中世のグローバリゼーションの話を書いたことがある。透明感のある白磁に、鮮やかな藍色で模様が描かれた染付(そめつけ)は、中国では青花と呼ばれる。この美しい磁器は、東西のユーラシア大陸が初めて統一されたモンゴル帝国の時代に生まれた。高温で焼き上げ、透き通るような金属的な肌合いの中国の白磁と、イスラム文化の誇る青いコバルト顔料が帝国の通商路によって初めて結びつき、白磁に鮮やかなイスラムブルーで模様を描く青花をつくりだしたのである。

イスラムや中国、それぞれの文化を許容し、さまざまな製品が流通することを許したモンゴル帝国というグローバリゼーションがなければ、青花は生まれなかっただろう。シルクロードを経由して、イスラムブルーと白磁が出会ったのである。文化と文化、人びとと人びとが出会い、混ざり合って、完全に同一になるのではなく、また別の新しいものを生み出すのだ。

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この映画で描かれているのも、そういう出会いと誕生だ。ヨーヨー・マが、シルクロードに沿ったさまざまな土地で出会った音楽家たち。イランのケマンチェ奏者、ケイハン・カルホール。中国琵琶のウー・マン。スペイン・ガリシアのバグパイプ奏者、クリスティーナ・パト。シリアのクラリネット奏者、キナン・アズメ。尺八の梅崎康二郎。綺羅星のようなメンバーである。その彼らが、一堂に集まってともに演奏し、新しい音楽を生み出す。

本作はファーストシーンから、いきなりノックアウトされる。湖のほとりの古く静かな街に、音楽家たちが集まってくる。人びとが期待とともに見守り、演奏が始まる。賑やかで、美しく、そして包容力のある音の洪水。これがグローバリゼーションの音楽だ、といきなり実感させてくれるのだ。

音楽家たちはみな、さまざまな背景を抱えている。イランでは革命があり、戦争が起き、そして強権政治が続いている。シリアは内戦で崩壊し、いまも難民の流出が止まらない。そういう事情が、本作の物語の背景放射としてささやかに語られる。しかしだからこそ、音楽の素晴らしさが逆に鮮やかに浮かびあがってくるのだ。

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わたしたちの世界にとって、音楽とは何なのか。音楽は多くの場合に個人的な体験であり、苦悩や失恋、痛みを癒してくれ、心に温かみや優しさ、希望を取り戻させてくれる。しかし音楽は同時に、私たちみんながひとつの感覚を共有するための、共同体的な体験でもある。この楽団「シルクロード・アンサンブル」の音を聴いていると、古く忘れ去られた時代から21世紀のいまにいたるまでの世界の記憶を、わたしたちの心の中に取り戻させてくれるような気がする。

それは心揺さぶられる体験だ。

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■「ヨーヨー・マと旅するシルクロード
2015年/アメリカ
監督:モーガン・ネビル
Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開中
作品情報

筆者紹介

佐々木俊尚のコラム

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。

Twitter:@sasakitoshinao

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