コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第40回
2016年8月1日更新
第40回:ソング・オブ・ラホール
音楽の魅力と魔法に完全ノックアウトされてしまう伝説的なドキュメンタリ。過去にいくつもの作品がある。1990年代の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」や、最近の「ギター・マダガスカル」といった映画がそうだ。本作は、その伝説にさらに一ページを追加した傑作だ。
かつてパキスタンは、インドと同じように映画が盛んだった。その中心地ラホールは、ハリウッドやボリウッドみたいに「ロリウッド」とも呼ばれるほどだった。ところが1970年代にイスラム化が進行し、90年代になるとタリバンも台頭して、映画も音楽も禁止されるようになる。ミュージシャンたちは食えなくなり、ウェイターになったりタクシーの運転手になったりと、ただ生き延びていくしかなかった。
キューバ革命で仕事をなくし、キャラメル売りになっていた……という「ブエナ・ビスタ」の圧倒的歌手、イブライム・フェレールのエピソードを思い出す。イランでもイスラム革命によって西洋音楽が禁止され、若者たちは地下室でロックの演奏を続けていた。彼らの姿をゲリラ撮影し、完成と同時に監督が国外に亡命した映画「ペルシャ猫を誰も知らない」。
こういう物語に、どうして私たちは心を揺さぶられるのだろう。音楽というものは常に私たちとともにあり、私たちの人生そのものだ。陳腐な言い方をすれば、「ノー・ミュージック、ノー・ライフ(音楽がなければ人生はない)」。だからこそ、素晴らしい音楽をつむぎだすミュージシャンたちが活動できなくなるというその事実に、私たちは震えあがってしまうのだ。
パキスタンでは21世紀に入って、ムシャラフ大統領の世俗的な緩和政策があって、ふたたび音楽が演奏できるようになった。イッザト・マジードという人が私費を投じて2005年にラホールに音楽スタジオを設立し、ふたたびミュージシャンたちが集まってくる。最初は伝統的なパキスタン音楽を演奏していたが、継続的な活動をしていくために、新しいフィールドに挑戦するようになる。
それがジャズだった。あのデイブ・ブルーベックの名曲「テイク・ファイブ」をシタールやタブラなどの古典楽器で演奏し、録画してユーチューブで配信した。このなんともすごい演奏はあっというまに世界をかけめぐって、100万ビュー以上も観られている。さらにジャズ界の大物ウィントン・マルサリスに呼ばれ、ついにニューヨークへ。
このニューヨークでのリハーサルの苦闘の様子、そしてそこからじわじわと、最終的にやってくる感動がすばらしい。音楽好きな人なら、絶対に損しない最高の映画だ。
■「ソング・オブ・ラホール」
2015年/アメリカ
監督:シャルミーン・ウベード=チナーイ、アンディ・ショーケン
8月13日からユーロスペースほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao