コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第26回

2015年4月16日更新

佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

第26回:デュラン・デュラン:アンステージド

ヴェルナー・ヘルツォークやスパイク・リー、テリー・ギリアムなど名だたる映画監督が音楽のライブを映像化する「Unstaged」というシリーズの一環。1980年代に一世を風靡したデュラン・デュランのステージをなんとデヴィッド・リンチ監督が映像化している。

英バンド「デュラン・デュラン」のステージをデビッド・リンチが映像化
英バンド「デュラン・デュラン」のステージをデビッド・リンチが映像化

若い人だと、デュラン・デュランというバンド名にはあまり馴染みがないだろう。過去に2度、ブリティッシュ・インベイジョン(イギリスの侵略)と呼ばれる音楽のムーブメントがあった。ビートルズやローリング・ストーンズが世界で爆発的に売れた1960年代が第1次。第2次は1980年代で、カルチャークラブやヒューマンリーグ、ニューオーダー、ユーリズミックス、エコー・アンド・ザ・バニーメンといったグループが世界中で人気を集めた。

1970年代終わりから80年代はじめごろは、アメリカの音楽がかなりつまらなくなっていた時期だった。初期のロックが持っていた「ロックスピリット」みたいなものが希薄になり、「売らんかな」的楽曲が増え、演奏もボーカルもへんに大げさになり、インダストリアル(産業)ロックなどと揶揄されていた。

そういう時に英国で、パンクの流れを汲み、しかし乱暴なパンクよりも音楽的に高度でエレクトロニックな「ニューウェイブ」と呼ばれる新しいグループが続々と誕生してきて、当時20代だった私も夢中になった。

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デュラン・デュランはこのニューウェイブの中核のグループのひとつだった。見た目はけっこうアイドルっぽくて、日本でも女性に人気があった。しかし艶めかしいボーカルとメロディ、デイヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックの流れを汲むようなダンディでロマンな雰囲気は、男から見ても超カッコよかった。

そして当時は、ミュージックビデオが広まり始めた時代である。1981年にMTVが開局し、「映像を見ながら音楽を聴く」というそれまでまったく存在しなかった新しい視聴空間に、みんな釘付けになったのだ。中でもデュラン・デュランの映像は、ちょっと退廃的で異世界な空気感が最高だった。デュラン・デュランというグループ名は、1960年代のカルト的なSF映画「バーバレラ」の登場人物からとられているという。いま思い出せば、バーバレラのキッチュで奇妙な感じと、デュラン・デュランのミュージックビデオの感覚にはちょっと通じるものがある。

そしてデヴィッド・リンチ。リンチの映像は、バーバレラやデュラン・デュランの映像感覚をさらに歪め、さらに異化していった、ずっと向こうの地平の先にある。なんでそこにその映像が出てくるのか、なんでここでそのモチーフを使うのか、その想像力の意味はまったく理解の範囲を超えているけれど、見ているとひきこまれる。リンチの映像はそういうものだ。

デュラン・デュランの音楽とリンチのビジュアルが融合
デュラン・デュランの音楽とリンチのビジュアルが融合

そういう前提知識をもとに、本作を観る。私は80年代のデュラン・デュランしか知らず、90年代以降はまったく聴いていないので、知らない曲も多い。しかし気がつけば映像に没頭している。この映像はすごい。

相変わらず悪夢のようで、気色悪い。なぜ大ヒット曲「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ(狼のように飢えて)」の演奏に、剥製みたいな狼の頭の写真が重ね合わされるのか。なぜバービー人形みたいなのが両乳首にシール貼って、天突き体操みたいなことをしてるのか。常人の想像力を遙かに超えてているけれど、リンチの世界観とデュラン・デュランの世界観はたしかに融合していて、とても魔力的で蟻地獄に引き込まれて「ああ、もういいか……」と落ちていくことを心地よく感じるような酩酊みたいなのがある。

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■「デュラン・デュラン:アンステージド
2011年/アメリカ
監督:デビッド・リンチ
4月17日から、TOHOシネマズ新宿ほかにて公開
作品情報

筆者紹介

佐々木俊尚のコラム

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。

Twitter:@sasakitoshinao

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