コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第112回
2024年8月22日更新
第112回:オキナワより愛を込めて
石川真生さんは沖縄を代表する写真家で、国内で最も権威ある写真の賞である土門拳賞を今年受賞している。本作はその彼女の半生を追ったドキュメンタリーである。
沖縄という単語に、特有の政治性を感じる人は多いだろう。その中核にあるのは間違いなく米軍基地の問題である。沖縄には30を超える米軍施設があり、沖縄本島全体の15パーセントもの面積を占めている。騒音や環境破壊、基地経済への依存、多発する米兵の犯罪などが指摘され続けている。日本列島全体で負わなければならない日米安全保障の負の側面を、沖縄だけに押し付けているという構造は許されるものではない。しかし本州の側は、それに眼をそむけつづけてきたという根深い問題がある。
この問題が沖縄の持っている強烈な政治性につながっている。それはさまざまな局面に色濃く影を落としている。あまりにも政治性を帯びてしまっているがゆえに、逆に忌避されてしまいがちになるという暗い影である。「眼を背けるな」と訴えれば訴えるほど、眼は背けられてしまうという厄介な構図は、沖縄に限らずあらゆる社会問題に潜んでいるのだ。
本作はこの問題を回避し、政治性をいったん置いておくことによって、写真家石川真生さんの新たな物語、新たな魅力に光を当てることに成功している。基地反対デモの古い映像や現在のキャンプシュワブの警備の様子はわずかに紹介されるが、基地問題を正面から描くのではない。1970年代に米兵向けバーで働く女性たちを撮影した初期作品の物語に焦点を絞っている。それによって、彼女の作品やその人生のにおいたつほどの生々しさ、圧倒的な迫力を描き出している。政治性を脇に置いていることに異論を唱える人もいるかもしれないが、だからこそ本作はドキュメンタリーの傑作として成立しているとわたしは思う。
1953年に沖縄本島の北部にある大宜味村で生まれた石川真生さんは、高校時代に友人に写真部に誘われたことがきっかけで、写真を撮るようになる。上京して著名な写真家東松照明の写真教室に入門し、写真家の道を志すようになる。沖縄に戻り、米軍基地を撮るには米兵に近づくのが早道だろうと考え、コザ(現沖縄市)の黒人米兵向けのバーに飛び込み働きはじめる。そこで知り合った女性たちを撮影した写真が、のちに「熱き日々 in オキナワ」「赤花 アカバナ~沖縄の女」などの傑作写真集に結実した。
本作は、1970年代のコザのバーでの日々と、彼女が撮影した女性たちをめぐる物語を軸に構成されている。映画の中で紹介される数々の作品のインパクトも強烈だが、それとおなじぐらいに石川さんの語り口がすごい。本作にはナレーションはなく、すべてが石川さんの語りだけで構成されているのだが、ウチナーグチ(沖縄方言)のイントネーションの語り口はうっとりするほどに魅力的で、いつまでも聴いていたくなる。
本作の予告編を見ていただければ、その一端に触れることができる。処女作の「熱き日々 in オキナワ」の表紙を眺めながら、石川さんは語る。
「『そこには愛があった』って本屋さんがつけたタイトルなんだけど、ほんとにこれなんだよ。ラブ、愛」
「外人バーで働いてる女イコール売春婦っていう一方的な見方が強かったんだよ。どこで働いてもいいんだ、誰を愛してもいいんだ。この人たちは素晴らしいよ。すごく素敵だよ」
「わたしが最も大事にしてる写真。もっとも自慢している写真。だれにも何にも文句は言わせない」
石川さんが撮った女たちは、一般的な美意識で言えば決して「美しい」という部類ではない。しかし東松照明が石川さんの写真を「ミイラ取りがミイラになる直前の危うさのなかで見た人生の裸形」と評したように、みずからの生命力を剥き出しにし、振り抜けたように生きる彼女たちの姿には強い力がある。その強い力が、石川さんの語りによって21世紀の現代に甦り、半世紀を経てわれわれのこころにストレートに突き刺さってくるようだ。
1970年代に撮影された写真の数々と、石川真生さんの圧倒的な語り口。このふたつだけで、本作には観る価値がある。ぜひともそのプリミティブな生に触れてほしいと思う。
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■「オキナワより愛を込めて」2023年/日本
監督:砂入博史
8月24日より沖縄・桜坂劇場にて先行上映、8月31日より東京・シアター・イメージフォーラムほか全国公開
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao