コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第6回
2014年1月30日更新
仏オランド大統領の新恋人、フランス映画界での実績は?
フランス男はモテる、というすり切れた常套句をまるで証明するような出来事が起きてしまった。もちろんこの場合、どこにでもいるフランス男だからでなく、フランスでもっとも権力を持った男性というのがポイントではあるのだが。例のオランド大統領の新恋人の話題である。相手の女性がフランスでは中堅女優として知られるジュリー・ガイエであるために、目下映画界をも巻き込んだ「事件」になっている。在職中に離婚し、“セレブ”と再婚を果たした前大統領にも驚いたが、以来有名人と付き合うのがフランスの大統領の伝統となってしまったかのようだ。
と、いじわるなコメントはこれぐらいにして、映画界に話を戻そう。この影響で、ジュリー・ガイエが出演し、昨年11月から公開されていたベルトラン・タべルニエ監督の新作「Quai d’Orsay」が、二番館にスライドしていたにも拘らず再び客足を集めている。ガイエは脇役のひとりでそれほど出番もないのだが、ティエリー・レルミット扮する外務大臣を主人公にした政界が舞台であるだけに、妙に現実とリンクし、観客の好奇心を煽ったようだ。“オルセー河岸”という意味の題名は、セーヌ川沿いのオルセー通りにある外務省のことを指す。原作はコミックで、政治ネタをもとにしたウィットに富む内容に、大人の読者層に人気がある。ただ映画としては、いささかセリフに頼るところが多すぎて、もう少しシチュエーションの変化が欲しかった気がする。
映画のなかで、「政治家は靴が肝心よ」と新米スタッフに妙な色気を発しながら注意するジュリー・ガイエは、どこか落ち着いた大人の魅力を持った女優。もっとも、代表作と言えるものにはあまり恵まれていない。もともと外科医の父と骨董屋の母を持ち裕福な家に育った彼女は、14歳で女優を目指しキャリアを積む傍ら、人道的な活動も積極的におこなってきた。社会党を支持し、その延長で現大統領とも知り合ったという。2007年には自らプロダクションを作り、おくらになりかけた社会派の作品を発掘して配給もしている。映画ではアニエス・バルダの「百一夜」、エリック・ロメールの後継者と言われるエマニュエル・ムレの「キッスをよろしく」、また最近ではサイコ・サスペンスの「カレ・ブラン」(ジャン=バティスト・レオネッティ監督)ほか、テレビドラマなども多い。無名の監督と仕事をすることが多いことからも、女優としてのキャリアだけに専念しているようには見えないが、現在41歳、そろそろ転機を迎えたというところか。
それにしても、この業界は何がきっかけで話題になるかわからない。この原稿を書いている最中にも、新たなガイエのニュースが飛び込んできた。今年のカンヌ映画祭のオープニング作品に決まったオリビエ・ダアンの「グレイス・オブ・モナコ(原題)」で、フランス語吹き替え版のニコール・キッドマンの声をガイエが担当すると発表されたのだ。これは明らかに今回の“ガイエ効果”を見込んだものだろう。ちなみに彼女がこれまで吹き替えたことがあるのは、仏製アニメ一本だけである。
「グレイス・オブ・モナコ」もまた、ダアン監督とアメリカの配給者であるハーベイ・ワインスタインとの諍(いさか)いで話題だ。完成作に不満を示したワインスタインが監督を無視して勝手に再編集、ワインスタインバージョンを作ってしまったという。プロデューサーでもない彼のこの横暴さに監督は激怒。「自分の作とはほど遠い、無菌にされたハリウッドバージョン」と、このバージョンに自分の名前が冠されるのすら拒否している。一方カンヌ映画祭ははっきりとダアン監督作とうたっているから、オリジナルバージョンが上映されるということだろう。ひょっとしたらヨーロッパ版とアメリカ版は異なるという事態になるかもしれない。今年は新春早々から、話題の多いフランス映画界である。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato