コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第133回
2024年7月25日更新
「パリでアメリを観たことがありますか?」 オリンピック開幕で「アメリ」23年ぶり再上映 新作は「モンテ・クリスト伯」が話題
いよいよオリンピック開幕で、良くも悪くもふだんとはまったく異なる顔を見せているパリの街(しばらく前から地上の交通は通行止めだらけで麻痺し、パリジャンは文句たらたら)。客商売は書入れ時とばかりに、夏返上でお店を開けるところが多い。
そんななか、映画業界でも海外からの観光客を意識した動きがある。世界中が恋に落ちたあの「アメリ」(2001)が、劇場で再リリースされるのだ。それもフランス全土で340館開けるというから、かなりの力の入れようである。
さらにかつてのポスターを応用した新バージョンには、わざわざ英語で「パリでアメリを観たことがありますか?」というキャッチフレーズが入っている。バカンスでパリから逃げ出すフランス人よりも観光客に的を絞ってアピールしようという狙いだろうか。
そもそも本作がフランスで大ヒットした後、国内ではバックラッシュ的に批判の声が起こった。おもな理由は、本作の描くレトロなパリと白人社会、絵葉書的な映像が現在のリアルな社会を反映していないこと、すなわち反動的で、「昔は良かった」的な右翼思想であるというもの。もっとも、この極端な解釈にジャン=ピエール・ジュネ監督自身、いたく驚き、傷ついたようで、「本作でリアルなパリを描いたつもりはないし、自分はそもそもリアリスティックな映画を作ることに興味がない。絵葉書的な映像はただ、自分の好みのスタイルだからだ」と語っている。ちなみに白人社会という意見も、たとえばモロッコ人俳優のジャメル・ドゥブーズが印象的な役柄で登場していることを思い出せば、的外れと言えるだろう。ちなみに批判派は左翼系のマスコミが多いのだが、彼らはふだん、ブルジョワばかりが登場する作家主義系映画を褒め称える傾向にあるのだから、たんに出る釘を叩いていると思われても仕方がないかもしれない。
ともあれ、「古き良きパリの情緒」や「クレーム・ブリュレ」に惹かれる国外の観客に、本作がアピールするのは納得できる。制作から23年を経た今日、再リリースがどんな反響を得るか見守りたい。
新作では、現在ボックスオフィスを独走しているマチュー・ドゥラポルトとアレクサンドル・ドゥ・ラ・パテリエール監督コンビによる、「Le Comte de Monte-Cristo(モンテ・クリスト伯)」が話題だ。公開3週で350万人を越す動員を集め、ロングランヒット中。これまで何度も映画化されているアレクサンドル・デュマの有名な原作を、ピエール・ニネ主演で映画化した本作は、製作費43万ユーロ(約73億円)と、フランスのコスチューム映画としてはかなりのバジェットである。ちなみにリュック・ベッソンの「ジャンヌ・ダルク」(1999)が59万ユーロ、最近映画化された「三銃士:ダルタニャン」(2023)と「三銃士:ミレディー」(2023)がそれぞれ36万ユーロだった。
2カ月半の撮影がもたらすダイナミックな映像と豪華なセット、ニネが見せるカリスマ的な魅力、彼を囲むフランス映画界の若手実力派を総動員した魅力的な俳優陣(アナイス・ドゥムースティエ、バスティヤン・ブイヨン、アナマリア・バルトロメイ、バシリ・シュナイダー、ジュリアン・ドゥ・サン=ジャン、さらにコメディ・フランセーズのロラン・ラフィットとイタリアのピエルフランチェスコ・ファビノが脇を固める)により、古典文学を現代的な魅力を持つエンターテインメントとして蘇らせたのが、若手観客層も取り込みこの数字に結びついたと思われる。
ニネは本作の成功により、フランス映画界を負って立つ顔となった。今日のフランス映画を代表する一作として、こちらも海外の観光客にとって興味深いのでは? (佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato