コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第122回
2023年8月29日更新
「THE FIRST SLAM DUNK」フランスで高評価 批評家が興奮「信じられないほどの実験性に悶絶するほど」
フランスでは7月26日から、井上雄彦監督の劇場アニメーション、「THE FIRST SLAM DUNK」(2022)が公開された。昨年末、「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」とほぼ同時期に日本で公開され、興行成績でアバターを凌いだ、というのが、こちらでの宣伝文句になっている。
封切りほぼ1カ月を経た現在の動員は5万人を超えたところで、数字としてみると決して大きくはないが、評判はきわめて良い。映画サイトALLOCINEの星取りでは、観客の評価は5点満点の4.3。プレスは3.9で、ちなみに一足先に公開になったピクサーの「マイ・エレメント」は3.5、「オッペンハイマー」は3.8であることを鑑みれば、相当評価が高いことが実感できるはずだ。
辛口で知られるリベラシオン紙は、「内省的かつ、燦然とほとばしるアニメーション」と評し、ル・モンド紙も「2Dの世界に、3DCGのアニメーション作画の統合をもたらした」と称賛。他にも「本作はスポーツに関する偉大な作品であると同時に、あたかもチームが監督の『演出』により強固になるかのごとく、肉体の強度とその表現についての考察でもある。この意味においてスポーツと映画は共通のドラマツルギーを持つ。永遠のフォルムが指先により生み出され、信じられないほどの実験性が追求されている。その様はほとんど悶絶するほどだ」(レザンロックプティブル)など、批評家の興奮がそのまま伝わってくるような評価が目立つ。
フランスでも井上の原作漫画は以前から翻訳されており、原作のファンは少なからずいる。それだけに、むしろ10代よりも、20代以上のファンに支持されているという印象だ。
わたしも劇場に週末の昼間に観に行ったのだが、予想していた子供連れの家族客よりも、大人の男性客のグループが多かった。4人で観に来ていた男性グループに声をかけたところ、みんな30歳から32歳で、「子供たちよりも自分たちぐらいの原作ファンが多いのでは?」と言う。映画の感想を求めると、「とても興奮した。期待以上だった」「3DCGのアニメーション作画のクオリティが高く、漫画とは異なる、映像ならではの醍醐味があった」「スポーツの世界の興奮と、家族の感情的なドラマが融合しているところが日本映画らしいと思った」と答えてくれた。
ただし公開戦略的に成功したかといえば、正直そうでもなかったという印象がある。原作ファン向けに、SNSなどを主体に情報は出回っていたものの、街頭ポスター貼りやプレミア先行上映といった、典型的な宣伝は目立っていなかった。さらにおそらくは、期待したほどにファミリーに訴求しなかった結果なのだろう、夏休みの封切りのわりには公開からそれほど時間がたたないうちに、夜の上映がメインに切り替わった映画館が多く、昼間観にいけるところが少なくなってしまった。夏休みで子供向けのアニメやファミリー映画の公開が多いこともあり、時間枠も限られてしまったのかもしれない。
フランスの場合、夏といえばまずバカンスで、一般的に映画館の客足はぐっと減る。大人層を狙う作品は、早くても、バカンス客が戻ってくる8月末あたりからの公開時期にするのがふつうだ。アニメ作品ということで、子供と大人両方を狙って夏に、という設定が、逆効果になったのかもしれない。
もっとも、公開4週目を迎えて映画館数と時間枠が増やされたので、これからロングランをするところもあるのではないか。
今日、フランスにおいて日本のアニメーションは、ピクサーやディズニーと同じぐらい人気が定着し、新しい才能にも敏感に反応する。本作の場合はもちろん、原作漫画という土壌があり、作家本人が監督を手がけたという話題性もあったと思うが、「新人監督」がこれほどに評価が高いのは稀だ。口コミでさらに、原作を知らないアニメ・ファンにも届くことを期待したい。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato