コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第115回
2023年1月27日更新
フランスのアカデミー賞、セザール賞ノミネート発表 DVやハラスメント疑惑の俳優、監督作が候補除外
フランスのアカデミー賞と言われるセザール賞のノミネートが発表になった。最多ノミネートを果たしたのは、ルイ・ガレルの監督、主演作「L’Innocent」で、作品、主演を含む11部門。続いてドミニク・モル(「ハリー、見知らぬ友人」)のスリラー、「La Nuit du 12」が10部門、2022年のカンヌ国際映画祭で披露されたアルベール・セラの「Pacifiction」と、セドリック・クラピッシュがオペラ座のダンサー、マリオン・バルボーを起用したフィクション「En Corps」がともに9部門となっている。セザール賞の傾向は大衆的と言われているだけに、商業性とは懸け離れた作家色の濃いセラの作品が評価されたのは、快挙と言える。だがその一方、ギャスパー・ノエの「Vortex」とミア・ハンセン=ラブの「ワン・ファイン・モーニング(仮題)」が見事に無視されたのは驚きだ。
俳優では、セザールの常連であるブノワ・マジメル(「Pacifiction」)と、今年は主演作が2本も重なったビルジニー・エフィラ(レベッカ・ズロトウスキの「Les Enfants des autres」と、アリス・ウィノクールの「Revoir Paris」。後者で主演女優賞にノミネート)が最有力候補か。ふたりはセザールに先立って開催された、フランスの外国人記者クラブによるアカデミー・デ・リュミエール賞で、すでに受賞を果たしている(エフィラはズロトウスキ作品で受賞)。
もっとも、今回のセザールの話題はノミネートそのものよりもそれ以前のバズにあった。というのも、バレリア・ブルーニ・テデスキ監督の「Les Amandiers」で評価されていた新進俳優、ソフィアンヌ・ベナセールが、過去に付き合いのあった女性を含め複数の暴力沙汰で訴えられ、候補から除外されると発表されていたからだ。セザールの運営組織は、刑事沙汰になっている(疑わしき)者はすべて除外するという声明を出した。
テデスキが学生時代、仏演劇界の鬼才パトリス・シェローのもとで演劇を学んだ自身の体験をもとにした本作は、昨年のカンヌのコンペティション部門で披露され、好評を得て、11月にフランス公開を迎えた。だがその直後にメインの男優のひとりであるベナセールが訴えられ、それが新聞の一面で報じられてスキャンダルとなった。さらに事を複雑にしたのが、撮影当時、テデスキはベナセールと恋人関係にあり、彼女は事情を知っていたにも拘らず撮影を続け、彼を擁護したことである。さらに同時期にテレビ局アルテで本作のメイキングが放送され、パトリス・シェロー仕込みの、俳優を追い詰めるテデスキの演出法が話題にもなった。
ノミネーション発表前に、本作のプロモーションで取材に応じてくれたテデスキは、こうした一連の事柄について意気消沈した様子で、「わたしは俳優にハラスメントもおこなっていないし、間違ったことはしていない。多くの人が関わり、とても大切な、納得のいくものができたと思ったのに、こんな事態になって本当に残念だと思う。(ベナセールの件については)さまざまな嫉妬や憶測が働いたのだと思う。俳優にスポットライトを浴びせる結果になったことについて、監督として自分にも責任がある」と語った。裁判はこれからだが、彼女自身の姿勢は変わっていないようだ。セザールでは作品賞を含む7部門にノミネートされたが、監督賞には入っていない。
また今回のノミネートでは、「メグレ」で高い評価を受けていたジェラール・ドパルデューも外されている。彼も女性からハラスメントで訴えられ、まだ解決に至っていないことが理由となった。
毎年さまざまな反響を巻き起こすセザール賞だが、今年の結果はどうなるのか。授賞式は2月24日に、パリのオランピア劇場で開催される。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato