コラム:第三の革命 立体3D映画の時代 - 第7回

2010年5月26日更新

第三の革命 立体3D映画の時代

第7回:日本の3D映画(2)

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三菱電機製の偏光眼鏡「ダイクローム」(筆者所有)
三菱電機製の偏光眼鏡「ダイクローム」(筆者所有)

■幻の東宝3Dフィルム

トービジョンのカメラ
トービジョンのカメラ

大手映画会社の中で、秘密裏に3Dシステムの開発を進めていたのが東宝である。同社は戦時中、海軍と協力関係を持つことで、厳しく統制されていた生フィルムを大量に確保し、そのストックから娯楽映画を作っていた。そして軍の要請で戦意昂揚映画を作ると同時に、東宝第2撮影所となる航空教育資料製作所において、海軍航空隊の教育資料や教材映画も制作していた。

ここで技師を務めていた岩淵喜一は、1941年(昭和16年)から立体映画撮影装置の研究を開始し、1943年(昭和18年)一応の完成を見た。「トービジョン」という名称が与えられたこのシステムについて、岩淵は「一時は軍の航空資料研究にも役立てられた」と戦後に述べている。つまり、何らかの軍事目的で使用されていたらしい。

だが、1945年(昭和20年)8月15日に終戦を迎えると、航空教育資料製作所は解散した。そして翌16日には、全てのネガが撮影所内に埋められ、あるいは焼却されたという。トービジョンで撮影された3Dフィルムも、この時に失われてしまったと想像される。

■ついに日の目を見たトービジョン

1952年11月30日にアメリカで「ブワナの悪魔」が公開されてセンセーショナルを巻き起こし、世界は一気に3D映画の時代に突入した。東宝はこの動きに敏感に反応し、東宝立体映画対策委員会を設けて、「ブワナの悪魔」の国内公開(1953年5月9日)よりも早く、国産立体映画を制作する計画を立てる。

そこで、岩淵を中心にトービジョンを用いた立体映画制作班が組織され、日本映画初となる2本の短編3D劇映画が作られた。

「飛び出した日曜日」のワンシーン
「飛び出した日曜日」のワンシーン

■ 「飛び出した日曜日」

製作:金巻博司
監督・脚本:村田武雄
撮影:安本淳
音楽:芥川也寸志
美術:北猛夫
録音:亀山正二
照明:城田正雄
出演:青山京子井上大助、上田猛、持田和代、森啓子、肥田正道、荘田千種
(上映時間: 約10分、白黒、スタンダード)

ストーリー: 若いカップルの大助と京子が日曜日に自転車ハイキングに出かけ、遊園地で遊動円木、飛行機、ブランコ、空飛ぶ電車、高速旅客機などで楽しく遊ぶという内容。

■「私は狙われている」

製作:金巻博司
監督・脚本:田尻繁
撮影:安本淳
音楽:芥川也寸志
美術:北猛夫
録音:亀山正二
照明:城田正雄
出演:佐々木明子、北川町子田代百合子島秋子、美松純、相原巨介、山本廉村上冬樹、神山恭一、塩澤登代路、千葉一郎、中野俊子、日劇ミュージックホール総出演
(上映時間: 約18分、白黒、スタンダード)

ストーリー: 日劇ミュージックホールのソロダンサーに抜擢されたマチ子(佐々木明子)は、同僚の嫌がらせから、黒メガネの男に殺される恐怖を味わうが、単なる幻想だったという話。

当時の大阪・梅田劇場のチラシ
当時の大阪・梅田劇場のチラシ

東宝は、この作品の公開に合わせて日劇の改造を進めた。主な改造点は、シルバースクリーンの導入と2台の映写機を機械的に連動させることで、同時に立体音響化も行われたため、トータルで400万円の経費が掛かっている。

偏光メガネは、三菱電機が米ポラロイド社からライセンスを受けて製造していたが、国内分はすべて松竹が確保してしまう。東宝は、しかたなく千代田光学工業(千代田顕微鏡の専門製造工場)に製造委託し、1つ28円で回収式とした。

そして、1953年4月22日から滝沢英輔監督の「安五郎出世」(2D長編)の併映として、日劇で封切られた。料金は通常より30円高い、180円に設定されている。だが興行成績は、必ずしも良いものとは言えなかった。続いて、コロムビアの長編3D映画「恐怖の街」と、宝塚映画の「旅はそよ風」(2D長編)の併映として、5月5〜13日に日劇の他、浅草宝塚、大阪・梅田劇場などでも公開された。今回は客の入りが100%を記録し、とりあえず興行界の3D映画に対する不安を払拭させた。

■松竹ナチュラル・ビジョン

同じころ松竹も、パッシブ・ステレオによる3D映画システムの開発を密かに行っていた。そして、同社の向坂誠一が開発した3D撮影システムを、「松竹ナチュラル・ビジョン」と命名する。

城戸四郎副社長が秘密主義を徹底させたため、技術情報は公表されておらず、カメラ1台だけで撮影できたということしか分からない。名称から、「ブワナの悪魔」に使用された米ナチュラル・ビジョン社のカメラを連想するが、同社のシステムはツイン・カメラ式を採用していたため、おそらく無関係だと考えられる。ちなみに、カメラ1台でフレーム内にサイド・バイ・サイド、またはオーバー&アンダー方式で記録する撮影システムは、戦前から世界各地に存在していた。

この松竹ナチュラル・ビジョンで制作された短編「決闘」は、1953年5月12日に銀座松竹で公開された。

「決闘」のワンシーン
「決闘」のワンシーン

■「決闘」

製作:田岡敬一
監督:田畠恒男
脚本:柳沢類寿
撮影:小杉正雄
音楽:万城目正
美術:脇田世根一
録音:吉田庄太郎
照明:荒井公平
出演:川喜多雄二三橋達也藤代鮎子大坂志郎、鶴実千子、諸角啓二郎、谷謙一、小林和雄、新島勉
(上映時間: 約25分、白黒)

ストーリー:毎朝新聞の社会部記者西条(川喜多雄二)は、銀行強盗事件の取材の帰り、気分転換にキャバレーに立ち寄る。キャバレーの女照子(藤代鮎子)は西条の持っていた射撃大会のメダルに異常な関心を示した。キャバレーを出た途端、西条は飛び出してきた車にはねられ、メダルを失う。実はそれと同じメダルが犯行現場に残されており、犯人の宮野(三橋達也)はアリバイを作るため、情婦の照子を旧友だった西条に接近させたのだった。

しかし東宝も松竹も、3D映画の製作を中止すると発表した。理由は、「東宝スコープ」や「松竹グランドスコープ」といった、ワイドスクリーンの開発を主軸にするためであった。こうして50年代に芽吹いた日本の3D映画は、極めて短命に終わってしまった。

>>次のページでは東映の3D映画と3Dのピンク映画を紹介。

筆者紹介

大口孝之のコラム

大口孝之(おおぐち・たかゆき)。立体映画研究家。59年岐阜市生まれ。日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター、世界初のフルカラードーム3D映像「ユニバース2~太陽の響~」のヘッドデザイナーなどを経てフリー。NHKスペシャル「生命・40億年はるかな旅」のCGでエミー賞受賞。「映画テレビ技術」等に執筆。代表的著作「コンピュータ・グラフィックスの歴史」(フィルムアート社)。

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