コラム:第三の革命 立体3D映画の時代 - 第10回

2010年9月15日更新

第三の革命 立体3D映画の時代

第10回:3Dテレビの長い歴史(2)その2

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【図9】「FOX-O-RAMA」の3Dメガネとスクラッチカード
【図9】「FOX-O-RAMA」の3Dメガネとスクラッチカード

■日本のプルフリッヒ方式の3Dテレビ番組

通常のテレビを用いた3D放送には、アナグリフ以外にもう1つの方法がある。それはプルフリッヒ方式(または濃度差方式)というもので、1922年にドイツの物理学者カール・プルフリッヒによって発見された錯視現象を利用するものだ。

【図7】劇場版「長編立体アニメーション 家なき子」 のチラシと、プルフリッヒ・メガネ(放送用)
【図7】劇場版「長編立体アニメーション 家なき子」 のチラシと、プルフリッヒ・メガネ(放送用)

その原理は「人間の眼には、薄暗くなると知覚に遅れが生じるという性質があり、そのため片眼だけ暗くすると左右の眼の知覚に時間差が発生する。したがって、横方向に移動している物体や画像には、時間差が両眼視差として感じられる」というものだ。最近この説に異論も唱えられているが、片目に10~20%ほどのグレー(もしくは濃い紫)のフィルター、もう片目は素通し(もしくは薄い黄)というメガネを使用して横運動している映像を見ると、たしかに立体感が感じられる。

この技法の大きな利点は、映像ソース自体は通常のカメラで撮影するだけで良く、色彩にも問題は発生しない。メガネをかけないで見た場合は、普通の作品として鑑賞できる。ただし、常に横運動していないといけないというアクション的な制限がある。

この技術をテレビ番組に用いたのも、どうやら日本が最初のようだ。それは、東京ムービー新社(現トムス・エンタテイメント)が制作し、日本テレビ系で1977年10月2日~1978年10月1日に放送された「立体アニメーション 家なき子」である。具体的には、多数のレイヤーに分かれた背景を少しずつ異なる速度で横移動させ、その差を利用して立体感を表現していた。その劇場版である「長編立体アニメーション 家なき子」は1978年に東宝系で公開されている。

■米国のプルフリッヒ方式の3Dテレビ番組

一方、米国での応用例はかなり遅い。筆者が知る限りで、アメリカで最も古いプルフリッヒ方式のテレビ番組は、ロサンゼルスのケーブル局KTTVが、1989年1月2日に放送した「Tournament of Roses Centennial Parade」である。これは、ロサンゼルスの新年を祝う行事として、毎年パサデナ市のコロラド通りを山車が練り歩き華やかさを競う、「ローズパレード」の100周年を記念して企画された3D生中継であった。

【図8】欧米のテレビ番組に使用された プルフリッヒ・メガネの例
【図8】欧米のテレビ番組に使用された プルフリッヒ・メガネの例

2番目の例は、同じ1989年の1月22日にNBC系で放送された、スーパーボウルのハーフタイムショーの生中継である。コカコーラがスポンサーとなり、ロゴの入ったプルフリッヒ・メガネを配布し、3Dコマーシャルも放送した。

フォックス・テレビジョン・ネットワークは、1989年に行われたローリング・ストーンズのワールドツアーを収録したテレビ番組「THE ROLLING STONES Steel Wheels North American Tour 1989」を、1990年にプルフリッヒ方式で3D放送している。

1991年にケロッグ社は、ハンナ=バーベラ・プロダクションが製作し、NBCで放送しているアニメーション「Yo Yogi!」の13エピソードを3Dにするように提案し、3Dビデオ社がプルフリッヒ眼鏡を生産した。

NBCは、1997年5月18日にSFコメディドラマ「3rd Rock from the Sun」の第2シーズン・第25話「A Nightmare on Dick Street: Part 1」をプルフリッヒ方式の3D映像で放送した。技術協力はDIMENSION 3社で、1500万個のプルフリッヒ・メガネが用意され、ピザ・チェーンのリトルシーザースで注文するとオマケで付いてくる方式が採られた。

ディスカバリー・チャンネルでは、2000年夏の特集“シャークウィーク”をプルフリッヒ方式の3D映像とした。“シャークウィーク”とは、サメを扱ったドキュメンタリーを集中放送するもので、アメリカン・ペーパー・オプティックス社が製造したプルフリッヒ・メガネ640万個を配布した。

■欧州のプルフリッヒ番組

フランスではセルアニメによるSFテレビシリーズ「The Bots Master」(Le Maitre des bots, 1993)の、クレジットタイトルと2分間のバトルシーンが、毎回“Nuoptix 3-D”と名付けられたプルフリッヒ方式(メガネはドイツ製)による3D映像になっていた。

英国の例では、BBCの人気長寿番組「ドクター・フー」の30周年を記念した13分間のチャリティ短編「Doctor Who: Dimensions in Time」が、プルフリッヒ方式で1993年11月6日に放送されている。これは、当初予定されていた劇場版「The Dark Dimension」の制作が中止になったため、急遽計画されたものであった。

※【図8】欧米のテレビ番組に使用されたプルフリッヒ・メガネの例(上から)
KTTV「Tournament of Roses Centennial Parade」
NBCスーパーボウルのハーフタイムショー
Fox TV「THE ROLLING STONES Steel Wheels North American Tour 1989」
NBC「Yo Yogi!」(C) Hanna-Barbera Productions
NBC「3rd Rock from the Sun」
ディスカバリー・チャンネル“シャークウィーク”
Nuoptix 3-D

■なんと匂いの出るテレビ番組もあった!

米フォックス・テレビジョンは、1994年5月8~9日に“FOX-O-RAMA”と題した2日間の特別キャンペーン放送を行った。8日は、コメディドラマ「Married with Children」の第8シーズン・第24話「Assault and Batteries」を、プルフリッヒ方式の3D映像として放送された。また、やはりコメディドラマの「Living Single」第1シーズン・第26話が、“アロマビジョン”で放送された。

これはスクラッチカードを場面に合わせて擦ると、匂いが感じられるという仕組みである。9日はテレビムービー「新ナーズの復讐」が、アロマビジョンとプルフリッヒ3D映像の組み合わせで放送された。3Dメガネとスクラッチカードは、米国のセブン・イレブンのチェーン店で“FOX-o-ramaキット”【図9】として33セントで販売された。

■液晶シャッター・メガネによるテレビ放送

【図10】三洋電機 「2D/3Dワイドテレビ 立体ビジョン」 の海外向けカタログ
【図10】三洋電機 「2D/3Dワイドテレビ 立体ビジョン」 の海外向けカタログ

1995年に三洋電機は、「2D/3Dワイドテレビ 立体ビジョン」【図10】という製品を発売した。これは、液晶シャッター・メガネを用いたアクティブ・ステレオ方式のテレビ(当時だからまだブラウン管)で、周波数を倍の120Hzに上げてフリッカーレスを実現させていた他、2D/3D変換回路も搭載しているという、極めて先進的な商品だった。

しかし問題は、これで3D放送が見られるような番組を、どこの放送局も作ってくれなかったことである。ハードウェアだけがいくら進んでいても、コンテンツが伴わなければ意味がない。2D/3D変換を用いて通常番組を立体化する方法も使えたが、このテレビに搭載されていた回路は「時間差修飾法」というアルゴリズムを用いるもので、要するにプルフリッヒ方式を電子的に行うものだった。だから横運動をしていない映像には、効果が無かったのである。

そこで三洋電機は日本テレビと共同で、1998年にCSにおける3D放送実験を試みている。これはパーフェクTVの1チャンネルを利用し、525P(プログレッシブ)で週1回の実験放送をするもので、525i(インターレース)の信号をオーバー&アンダーにエンコードし、液晶シャッター・メガネで鑑賞するという仕組みだった。だが、あくまでも実験で終わってしまい、本放送に至ることはなかった。

3Dテレビが軌道に乗るまでには、まだ時間が必要だったのである。(次回へ続く)

筆者紹介

大口孝之のコラム

大口孝之(おおぐち・たかゆき)。立体映画研究家。59年岐阜市生まれ。日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター、世界初のフルカラードーム3D映像「ユニバース2~太陽の響~」のヘッドデザイナーなどを経てフリー。NHKスペシャル「生命・40億年はるかな旅」のCGでエミー賞受賞。「映画テレビ技術」等に執筆。代表的著作「コンピュータ・グラフィックスの歴史」(フィルムアート社)。

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