コラム:メイキング・オブ・クラウドファンディング - 第6回

2015年12月16日更新

メイキング・オブ・クラウドファンディング

“クラウドファンディングがなければ「ハッピーアワー」は完成しなかった”

30代後半の女性4人の悩みや苦しみを丁寧に描き切った大作「ハッピーアワー」が、第37回ナント三大陸映画祭インターナショナル・コンペティション部門で準グランプリ当たる「銀の気球賞」と「観客賞」を、ロカルノ国際映画祭では最優秀女優賞を受賞した濱口竜介監督。5時間17分という長時間の映画制作資金にクラウドファンディングを活用した。濱口監督と、大学時代のサークルの先輩で、本作のプロデューサーであるNEOPA取締役の高田聡さんに映画製作の意図とクラウドファンディングについて話を伺った。

左から高田氏、濱口監督、筆者
左から高田氏、濱口監督、筆者

主演女優は演技経験なし。ワークショップから生まれた、国際的傑作

大高:まずは、ナント三大陸映画祭「銀の気球賞」と「観客賞」、そしてロカルノ国際映画祭最優秀女優賞 おめでとうございます。

濱口竜介:ありがとうございます。この映画は自分だけでなく、出演者、スタッフ、そしてプロデューサーの高田さんなど映画に関わった全員で獲れたものだと思っています。

高田聡:国際的に評価もいただけて、大変すばらしいスタートが切れたと思っています。

大高:5時間17分という長尺、さらに出演者に演技経験者が少ないという、あまり例のない映画ですね。

濱口:もともとは「即興演技ワークショップ in Kobe」を2013年に神戸のデザイン・クリエイティブセンター神戸(愛称:KIITO)で行ったことがきっかけです。「聞くこと」、それを通じて最終的には「カメラの前で演じること」をテーマに、13年9月より5カ月間かけて行われました。演技経験不問で、ワークショップ参加者は有志で映画を撮ることもお知らせして募集したところ、多数の希望者が応募してくださいました。この中から、参加者の選考をして17名の方とこのあと長いお付き合いが始まります。

大高:通常、この様なワークショップで、しかも濱口監督のワークショップとなれば、役者の方や演技経験者による応募が多くなると思うのですが、このワークショップでは演技の経験がほとんどない方からの応募が多かったと伺いました。

濱口:参加者の3分の2くらいは、演技経験が無い方々でした。ただ、映画を撮るという企画に乗ってくるということで、すでにほかの人と違った「尖った」面をお持ちなんですよね。彼らの魅力をいかに引き出すかに注力して昨年の5月から年末にかけて撮影しました。

大高:あらゆる面で普通とは違う作り方をしている映画に、高田さんが協力しようと思ったのはどのような理由があったんでしょうか?

高田:もともと濱口監督と私は東京大学の映画研究会の先輩・後輩という間柄です。

濱口:入ったころは驚くことばかりでした。高校生の時は地元の千葉県柏市で、ハリウッド映画や頑張ってミニシアターの作品を見る程度。でも、映画研究会に入ったらみんな総じて意識が高い。「『◯◯』って映画知ってる?」「観てないです」「ああ、そう」と、知らない映画を先輩に振られると、バカにされるでもなく解説されるでもなく、話題が別に移動するという、映画好き独特のノリの洗礼を受けました。ただ、そんなに嫌な感じものでもなかったので、自然と知らない映画の話をされるとその日にレンタル店でその映画を借りるような生活を送りはじめ、そこからどんどん細い道に入り込んでいきました。ジョン・カサベテスの特集上映を観たあたりから本格的に映画でやっていこうと考え、現在に至ります。

高田:自分も学生時代は映画を撮っていて、1学年下の濱口監督とはお互いの作品の手伝いをしたり、出演したりするような間柄でした。私は卒業後は映画とは関係ない会社で働くことを選び、濱口監督はそのまま映画の道に進む決意をしました。

濱口:高田さんとは卒業後もちょこちょこ会ってはいたんです。東北のドキュメンタリーを撮る直前にも東京を発つ前に、「ぼく、これから被災地をまわって映画を撮るんですが、お守りが欲しいんです。お金というお守りを…」っていうと、1万円を渡してくれる。まあ、そういう間柄(笑)。甘えていましたね。

高田:もちろん、それだけのつながりではないですよ。大切な仲間の応援をしたいと思っていて。監督の映画は学生時代からまわりと少し違っていたと思います。学生映画の制約を理解していて、その中でできるかぎり完成度の高いものを目指していた。自分自身も、やっぱり制作の世界には携わっていきたいという思いはどこかで抱いていたので、濱口監督から「即興演技ワークショップ」の企画書を見せてもらった時、協力しようと即決しました。

濱口:高田さんに企画書を見せながら「以前、僕が映画を作ることになったら、資金の協力するって言ってくださいましたよね? あれ本当でしたか?」と(笑)。

高田:彼の作品はいままでも素晴らしかったし、企画を聞いた時に必ず傑作になると思ったんです。現在、私が取締役を務めているNEOPAは、高校の同級生が彼の前職同僚と創設したWeb制作・システム開発会社です。スタッフも制作の世界に理解があり、会社としてバックアップできる体制が整っていました。

©2015 神戸ワークショップシネマプロジェクト
©2015 神戸ワークショップシネマプロジェクト

地方で、時間をかけて、創り上げる映画

大高 そもそも、神戸で映画を作ることになったきっかけは何だったのですか?

濱口:東日本大震災をテーマにした「なみのおと」「なみのこえ」「うたうひと」という「東北記録映画三部作」を制作するにあたり、東京の住まいを引き払ったことが第一の要因です。そして、東北で映画を作った経験を経て、東京じゃなくても映画は作れるんだな、ということを実感しました。なので、三部作を作り終わった時に東京に戻る必要性が感じられなくなったんです。小規模な体制であれば、どこででも映画を作れることもわかった。そんな時、三部作のプロデューサーだった芹沢高志さんが神戸のデザイン・クリエイティブセンターKIITOのセンター長をやっていることを知り、連絡を取りました。これがきっかけとなり神戸のまちや周囲の人々と交流を重ねながら滞在制作を行うアーティスト・イン・レジデンスという事業がKIITOにあることを教えていただき、その制度を利用して招聘作家として神戸にやってきたんです。

大高 (劇中に登場する芸術家の様に)滞在することを拒絶したりはせずに、ちゃんと神戸に居住したのですね(笑)。昨今、所謂ワークショップ映画は増えて来ていると思いますが、その中で濱口監督がワークショップ映画を製作しようと考えたのは何故でしょうか?

濱口:演出の時間をかけ、意図を理解してもらえる関係性をキャストの方々と構築したいと思ったんです。キャストとの間でしっかりした関係があれば小さい規模のチームでも、商業映画にひけを取らないものが作っていける。

大高:その様な、撮る側・撮られる側との関係性を時間を掛けて構築するという撮影コンセプトは、まさに「東北記録映画三部作」の時に培ったドキュメンタリー映画を作る時の手法が活かされているのですね。

濱口:カメラのなかに映るものって、カメラの前にいる出演者だけではなく、カメラの外にいる監督やスタッフの影響関係も合わせたものだと思うんです。だから、その関係性を丁寧に作り上げていこうと思って。

大高:ワークショップに参加された17人はどのような人たちで、なぜ参加されたのでしょう?役者や役者志望の方々であれば動機は理解しやすいですが、役者経験も無く、且つ今後役者として働いていきたいと願っているわけでもない方々が参加されるというモチベーションにとても興味が湧きました。

濱口:じつは、選考の時点であえて志望動機については深く突っ込まなかったんです。撮影が終わってからも聞かなかった。いくら経験不問だからといって、人前で演じるということはハードルが高いことです。それでも応募してくるということは、どこかしら自分たちの人生を変えていきたいと考えていたタイミングだったんじゃないかという気がします。その想像をなにかしら脚本に反映させました。結果的に、30代後半の女性たちが抱える問題とつながっていたのかもしれません。

大高:因みに、映画の出演者のなかで、これから役者として活動していく方などはいらっしゃるんですか?

濱口:いまのところ、そのような報告は誰からも受けてないですね。これからそういう可能性がないわけではないでしょうけど、皆さん、演じることは本当に楽しかったと言いつつ、二度とは同じことができないということもまた理解しているのだと思います。主演のうちの1人はこんなことを言ってました。「こんなにも、集中することは日常の、他の場面にはない」と。平日は自分のお仕事をしてらっしゃるわけですけど、それはルーティンワークであったりもして必ずしも集中力を要求される仕事ではない。でも、そのルーティンの中に挟まれる土日の映画の制作現場というのは、映画のスクリーン一つの目標に向かって全員が動き、集中している。そんな機会に出会えたのが良かったそうなんです。生きているような感じがしたのかなと思います。そういうことを求めて、ワークショップにもいらしたんではないかと思います。

大高 現場そのものにおもしろさを感じていたのですね。

濱口:出演者がひたむきに打ち込んでくれた濃密な時間があったからこそ、ここまでの作品ができあがったと思っています。多くの方々に見てもらいたいですね。

大高 映画を拝見すると、長い時間をかけた映画にしか持ち得ない様な作品の圧力を感じるし、根本にはしっかりとした脚本の存在を感じました。脚本で言えば、この4名を単純に、既にある脚本に当てはめていったようにも見えないし、この4名のキャラクターをそのまま脚本にしたようにも見えない。映画としての”リアリティ”を強く感じる脚本に感じましたが、どの様に制作していったのでしょうか?

濱口:もともと参加者17名のうち主演はどなたでもいいと考えていました、みな光るものを持っていたので。ただ、ワークショップの内容自体、どこか参加者の内面に踏み込んでいくところがありました。単純に脚本をつくり、キャスティングをするという映画制作においては普通の作業、つまり「選ぶ」作業が、選ばれなかった参加者の人格や来歴を否定してしまうことに繋がるような気がしていったんです。そこで脚本を3種類用意して、ワークショップ参加者に選んでもらおうと考えました。けれども、参加者から「選べない」という返事をいただき、最終的には僕も含めた脚本チームが、参加者全員にとって演じがいのある役柄が多く含まれる脚本を選択しました。脚本を執筆したのは3名、全員男性です。

大高;3名とも男性なのですか!自分は男性なので、当然ながら男性目線からでしか認知は出来ない世界ではありますが、その自分から見ても、その世代の女性を非常にリアルに捉えている、少なくとも男性がある種の決めつけで描いた女性の物語では決してない事が強く認識できました。その為、少なからず女性の方の手が入っている脚本だと思っていたので、とても驚きました。

濱口 もともとは脚本を3つ作るにあたって、緊急にネタを探している時に、スタッフの一人がバーで30代既婚の看護師さんに口説かれたというエピソードを聞きました。それは何だか映画になりそうなざわざわとした雰囲気のある話だったんですね。端的に言えばキャッチーだな、と思いました。また、その一方で僕が好きなカサベテスの「ハズバンズ」(70 )という中年男性3人が主人公の物語があります。元は4人組で、そのうちの1人が映画冒頭に死んでしまって、そこから物語がスタートする映画なのですが、この二つの話を組み合わせてみたらどうだろう?と考えて、骨子を固めました。ワークショップ参加者に印象的な4名を主人公に据えて、そのうちの一人が消えてしまう話。そんなけっこう薄っぺらい理由から物語がスタートしたのですが…。

大高 ですが?

濱口:やはり薄っぺらい理由で脚本を作るとしっぺ返しが来るもので、その後何回も改稿を重ねることになりました。演者自身にとっても説得力のあるものにするため、ひとりずつ出演者と面談して、彼女たちが脚本に感じる違和感を修正していって、製作開始時にすでに3稿、最終的に7稿までいきました。もちろん、語りたい言葉や大枠は決まっています。演者の持つ違和感、たとえば「この人はこの言葉は言わない」、「この行動は取らないだろう」というものですね。彼女たちと何度も話して、違和感のある部分は削除していきました。でもそうすると、ドラマを大きく動かす劇的なセリフというものが消えていくんですよ。ドラマを進めるための描写は緻密になる。緻密になると脚本がどんどん長くなる。気がついたら、5時間の尺を超えてしまった。でも、すべてのシーンが、演者がキャラクターを理解するために必要なように思われました。

高田:最初は2時間30分くらいの作品だと聞いていましたが、長くなる予感は当初からしていました。最初1ヶ月くらいで撮影を終えるという話だったのが、連絡するにつれ終わりの時間が夏になり、秋になり、冬になり…。

大高 プロデューサーとしては、かなりやきもきしますね(笑)。でも、本当にその必要性があったのだと試写で拝見して思いました。発する言葉や動作すべてに理由があって、説得力がありました。なにより一番驚いたのが、5時間の中に「監督の個人的な思い入れ」で残ってしまった様な不要なシーンが一切なかった。非常に合理的に積み上げられた無駄のないカットのつながりが5時間に連なっていた。本当に凄いと思いました。その作品の凄さを個人的に感じた体験として、試写を見た映画関係の知人と飲みに行った時の会話があります。たいてい試写後に映画人で飲むと、シネフィル的な映画談義になることが多いのですが、みんなで盛り上がった話は「この4人の中で誰の人生がいいか」という話。物語と人物に引きこまれて、自己投影してしまう、この『ハッピーアワー』の作品の強さ、完璧さを表した体験だと思います。

濱口:そういうふうに見ていただけると、友達のように4人の人生について語っていただけるととてもうれしいですね。

©2015 神戸ワークショップシネマプロジェクト
©2015 神戸ワークショップシネマプロジェクト

筆者紹介

大高健志(おおたか・たけし)のコラム

大高健志(おおたか・たけし)。国内最大級のクラウドファンディングサイトMotionGalleryを運営。
外資系コンサルティングファーム入社後、東京藝術大学大学院に進学し映画を専攻。映画製作を学ぶ中で、クリエィティブと資金とのより良い関係性の構築の必要性を感じ、2011年にMotionGalleryを立ち上げた。

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