コラム:ご存知ですか?海外ドラマ用語辞典 - 第13回
2021年8月2日更新
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの業界用語を通じて、ドラマ制作の内部事情を明かします。
米テレビ界とオリンピック中継との切り離せない関係とは
【今回の業界用語】
シーズン(season):1年間に放送するエピソードのまとまり、また、その期間のこと。ネットワーク局のシーズンは毎年9月に始まり、翌年5月まで続く。
新型コロナウイルスによる数々の試練に加えて、東京の酷暑に苦しむ五輪選手たちの姿が連日報じられている。こうした状況を見て、気温の低下や感染状況の改善が期待できる秋までどうして開催を待てなかったのだ、と疑問に思う人も少なくないだろう。
結論から言えば、日本には夏季五輪を7月15日~8月31日以外に実施する選択肢はなかった。国際オリンピック委員会(IOC)が、2020年の五輪招致を行う都市に対して、この時期に実施することを約束させていたからだ。
IOCはなぜこの時期にこだわるのか? それは、7月、8月が米テレビ界のオフシーズンだからだ。
日本のテレビには改編期が年に数回あるが、アメリカでは1度だけだ。9月に新シーズンがはじまり、翌年の5月まで続く。そして、6~8月までが夏休みとなり、この期間は再放送や特別番組などが放映される。秋に始業し、春に終業式を迎えるアメリカの学校と同じスケジュールになっているのだ。
最近では、ケーブル局がオフシーズンに新ドラマをぶつけたり、動画配信サービスが独自のタイミングで新作を投入しているが、米テレビ業界が9~5月というシーズン単位で動いていることに変わりはない。
シーズンのあいだは各局が強力なラインナップを揃えているから、オリンピックの放映権を獲得した局が特集を組んだとしても、高い視聴率を稼ぐことができない。
おまけに9月からはNFLがはじまるし、ヨーロッパの各サッカーリーグも開幕するので、強力なスポーツ番組と競合することになってしまう。
だからこそ、米テレビ局は、無風状態のオフシーズンにオリンピック中継を放映したい。かくして、少しでも高く放映権を販売したいIOCは、開催時期を米テレビ局の意向に合わせて設定することになる。
NBCユニバーサルと親会社コムキャストは、2014年から2020年までの夏季と冬季合わせて計4回のオリンピックの全米放映権を44億ドルで獲得している。1回あたりで換算すると11億ドルになるが、NBCユニバーサルは2020年3月の時点で、東京五輪のCM枠の売上が12億5000万ドルに到達したと、黒字化を発表していた(延期による影響は不明)。アメリカでもテレビ離れが進んでいるが、オリンピック中継のようなイベントはリアルタイム視聴が増えるから、CM飛ばしを嫌う広告主にとって貴重なコンテンツなのだ。
さらに、NBCユニバーサルには、オリンピックを一刻も早く実施してもらいたい理由がもうひとつある。同社は昨年、オリンピック中継を当て込んで、動画配信サービス「ピーコック」をスタート。しかし、東京五輪が1年延期となり、オリジナルコンテンツ不足が理由で、Disney+やHBO Maxといったライバルに大きく遅れをとっていた。
だが、今年3月には4200万人だった会員数も、オリンピック関連の動画を大量に配信することで現在は5400万人に増やしている。巨額投資の効果がきちんと出ているのだ。
なお、NBCユニバーサルは、五輪放映権の契約を延長。2021年から2032年までの放映権の獲得に77億5000万ドルもの巨額を投じている。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi