コラム:LiLiCoのHappy eiga ダイニング - 第18回
2012年2月10日更新
第18回:渡辺謙が全身全霊で伝えたい「日本人のもつインスピレーション」
対談ゲスト:「はやぶさ 遥かなる帰還」渡辺謙
TBS「王様のブランチ」の映画コメンテーターとして人気のLiLiCoが、旬の俳優・女優・監督から映画に対する思い、プライベートな素顔に至るまでを多角的に展開する対談連載「LiLiCoのHappy eiga ダイニング」。第18回のゲストは、「はやぶさ 遥かなる帰還」に主演し、プロジェクトマネージャーも兼ねる渡辺謙。1月14、15日には東日本大震災で大打撃を受けた東北地方で特別試写会を行うなど精力的に走り回る渡辺に、LiLiCoが迫った。
LiLiCo(以下、リリコ):作品を拝見させていただきました! 「はやぶさ」って3本も映画があるじゃないですか? この作品は、ファンの皆さんにどういう風に受け止めてもらえるでしょうね?
渡辺謙(以下、渡辺):過剰なフィクションもないし、大げさなドラマでもないでしょう? 交響楽にたとえれば、第一楽章から始まって大きなスペクタクルがあって……というのがエンタテインメント。今回の「はやぶさ 遥かなる帰還」は、言ってみればボレロみたいな映画。常に淡々としたリズムを打ちながら、時には不協和音になることもある。最後に、「何なんだろう、これは!」と胸の中に不思議な熱さが残る。見て感じ取ってもらわないと伝わらない映画かもしれないね。
リリコ:一緒に仕事をしている20代の男性も、すごく感動したって言っていましたよ。
渡辺:言ってみれば、参加型映画みたいな感じだよね。もしかしたら「おれ、一緒にそこにいるんじゃないか?」みたいに、錯覚してもらえるタイプの映画になったんじゃないかな。
リリコ:新人役の女優さん(中村ゆり)とか、まさにそうですよね! いつも人にぶつかったりして、「大丈夫?」と思いましたもの。そういえば、映画.comの記者さんも出演していましたね。後方に座っているのに目立っていたから、わたし笑っちゃいました。
渡辺:そうですよ。存在が大きかったね(笑)。
リリコ:あれは、どういうコンセプトで参加にいたったんですか?
渡辺:みんなを巻き込みたかったんだよ。この映画って、「出演する」「画に残る」という以上に参加していく映画のような気がしているんですよ。僕たちも出演している、作りましたというだけではなくて、はやぶさの最終章を、「もう1回、ここをちゃんと締めるぞ」と。そこまで持っていきたいんですよ。この素晴らしいプロジェクトを、もっと深く熱く知ってもらいたい。そこには、映画にする価値のあるドラマがありますよ。
リリコ:はい、すごく愛を感じました。
渡辺:編集ラッシュの段階で、お芝居がつながったところを見たときに、「おれたちがやろうとしたことはちゃんと残っている。だけど、これは果たして映画としてエンタテインメントになりうるんだろうか?」ということに、ちょっと危惧しちゃったんだよね。でも、この映画のフレームって結局のところ、はやぶさじゃない? CGチームがすごく一生懸命頑張ってくれましたね。はやぶさそのものが、僕たちのやったことをちゃんと写して返してくれた。それによって情熱のカットバックみたいなことが成立したんだよね。さらに、辻井くんの音楽が素晴らしかった。全編通じての映画音楽をやった経験も初めてだったし、映画音楽ならではの難しさもあった。でも彼がはやぶさを手に触れて実感し、脚本を声で落としたものを耳で聞いて、イメージを膨らませてくれた。実は、はやぶさって打ち上げて地球を出てからは誰も見ていないわけよ。宇宙空間を飛んでいるのは、データとしてしか残っていない。JAXAの人ですら誰も見てはいない。でも、辻井くんには見えたんだね。彼がはやぶさに魂を入れてくれました。
リリコ:上の年齢層の方とかも「見たい」と思ってくれるんじゃないでしょうかね。もちろん、小さなお子さんたちにもね。去年、日本っていろいろ大変だったから、なおさらそう思うんです。
渡辺:脚本の最終段階で3月を迎えたんです。当然ながら「やる? やらない?」で悩むよね。みんな悩んだ。「僕たちに何ができるのか」。ものすごく突きつけられたと思うんだよね。ある意味、僕らは的が絞れたんです。「これは成功の話ではない。本当の困難にどこまで立ち向かえるのかを描いた作品なんだ」と、ものすごくギュッと絞れたんだよ。そうなってからは逆に、自分たちがやるべきことに的確に向き合えましたよ。
今作でJAXAの川口淳一郎教授がモデルになった、山口駿一郎を演じきった渡辺。東日本大震災発生から4度(昨年4、5、7、12月)にわたり、被災地の避難所を訪問し「映画を作って真っ先にもってくるね!」と約束を交わしてきた。その約束は、1月14、15日に合計9回の試写会開催で実現。さらに、1月25日にはスイス・ダボスで行われた世界経済フォーラムの年次総会(通称ダボス会議)からの正式招待を受け、「大災害を経た僕たちが新しい幸福を創造したい。新しい日本と世界を絆で結びたい」とスピーチした。
リリコ:映画を通してみんなに伝えたいことって?
渡辺:あきらめない。人それぞれ、いろんな過酷な状況があると思うけれど、それでもあきらめない。今、これだけ時間の流れが早いと、みんなの心根ってどんどん変わっていく。希望、勇気、夢って、言葉だけが上滑りしてしまう気がしてならない。あきらめない心があれば、かすかなともしびでも良い、一歩でも半歩でも前に進んでもらえるんじゃないかって。
リリコ:またキャストがすごく濃厚でしたね。いつもみんなを現場で引っ張っていくって、いかがでした?
渡辺:役と同じで、ぐいぐいなんて引っ張っていなくても皆、大人だからね。でも皆の気持ちがひとつになれるようには心配りしたかな。待機していても、ずーっと一緒だったね。次のシーンはどうなるかなとか、昔話も含め、あれやこれやと話していきましたね。
リリコ:江口さんや吉岡さん、共演者の方々との演技合戦も見どころのひとつですよね。
渡辺:山(山崎努)さんは、本当にガキの頃からご一緒させていただいているんです。仕事をするのは久しぶりでしたね。終盤に1日だけ一緒だったんだけど、瀧本監督に「今まで山口駿一郎としてしか見えなかったけれど、今日は渡辺謙にしか見えない」って言われたんですよ(笑)。「それ、やばいんじゃない?」と言ったら、「いや、それはそれですごく面白かった」と。まぁ、そういうシーンだったしね。決して弱音をはかず苦しい姿を見せなかった人が、ふと本音を吐いてしまう。そういう空気みたいなものを山さんが出してくれたし、僕もおんぶに抱っこの感覚でいられましたね。すごくいい不可抗力でした。
リリコ:瀧本監督とはどうだったんですか?
渡辺:瀧本さんってね、結構ハードボイルドなんですよ。あんなに柔らかそうに見えて、いろんな方の助監督についてきた人だから、いろんなエキスを吸収しているんだろうけど、彼自身はすごくハードボイルド。だから、こういう男だらけの現場は大好きなんだよね。ただまあ、拳をあげて殴り合うシーンはないからね(笑)。そういう熱さを抑制して、だけど赤くない炎というか、青白いけど1300度くらいある炎を蓄えているシーンを、空気感として作ってくれましたね。
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