コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第9回
2000年9月1日更新
この8月に一時帰国した。ひさびさに旧友と再会する機会も多かったのだが、そういう場になると決まってロサンゼルスの生活について訊かれた。「アメリカ人ってみんなかっこいいんでしょ?」「人口のほとんどがゲイってホントか?」など、そのほとんどがとんちんかんな質問だったけれど、僕の他の都市に対する認識も──たとえばパリとかニューデリーとか──その程度のものだから、適当に話をあわせていた。
しかし、一番困ったのが、「どうしてロサンゼルスにいるの?」という質問だった。僕がロサンゼルスに暮らしはじめてからもう6年になる。ここに来たのはとくに憧れがあったからではなく、たんに志望校があったからだ。しかし、学校はいまはもう卒業してしまっているし、この地に愛着があるわけでもない。それなのに、僕は相変わらずロサンゼルスを拠点にしている──。騒がしい下北沢の飲み屋で旧友たちに囲まれ、僕は思わず悩んでしまった。
結局、そのときはうまい答えが見つからなかったのだけど、ロサンゼルスに戻って気がついた。ここは居心地がいいのだ。もちろん、気候のこともある(あの日本の暑さといったら!)。でも、なによりも、自分の好きなことを、好きなだけやっていてもいいという空気がここにはあるのだ。たとえば、ぼくは映画を作って食べていきたいと思っている人間だけれど、そんな実現の可能性が低い夢を持っていても、ぜんぜん恥じる必要がない。いや、誇りに思ってもいいぐらいなのだ。その証拠に、そこらへんにいるアメリカ人にその夢をうち明ければ、彼(または彼女)は「グッド・ラック!」と励ましてくれるはずだ。実際、ここにはのんびりと夢を追っている人がやたらと多いのである。
たとえば、ジェン・バンブリィという作家もその一人だった。彼女はB級映画のスタッフやウェイトレス、モデルなど、フラフラした生活をおくりながらも、1冊の小説を書き上げた。そのデビュー作「ガール・クレイジー」はベストセラーとなり、映画化まで決定した。もし急かされていたら、彼女は大成しなかったのではないだろうか。
「いまのアメリカでは、大学を卒業してから、自分がなにをしたいのか見つけようとして、いろんなことにトライする人が多いと思う。それは昔からの伝統というより、最近の世代の特徴なんじゃないのかな。その原因が、世代の未熟さにあるのか、それとも自己中心的な精神構造にあるのかはわからないけれど。とにかくこの世代は、自分の道を見きわめることにものすごく関心があるのよ」
この生き方は、いつまでも自分の適正を見いだせず、ブレイクしないままで終わってしまうという危険性を孕んでいる。
「それはその通りね。40代とか50代とかなのに、いまだに自分探しをしている人だっているし(笑)。でもわたしだって、もし本を書きつづけられるんだったら、前みたいに、気に入らない仕事をして生計を立てるのは別にかまわないわ。あの生活に戻るのはちょっときついと思うけれど、慣れればきっとオーケーだと思う」
アメリカにクリエイティヴな人材が生まれやすいのも、ここらへんに秘訣があるような気がする。ぼくもがんばろうっと。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi