コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第81回
2006年9月7日更新
マーティン・スコセッシ監督の最新作「ディパーテッド」でジャック・ニコルソンの単独取材のオファーをいただいたとき、ぼくはまるであてにしていなかった。どうせ記者会見か、グループ取材の間違いだろうと思っていた。タレントのパブリシストがますます幅を効かせるようになって、また、ネット系の取材メディアが増大したから、最近では単独取材はほとんど行われず、グループ取材と記者会見だらけになってしまっている。ぼく自身、今年に入ってからきちんと取材させてくれた人は、テレビ用にやった取材を除けば、ジョン・ラセター監督とマイケル・マン監督くらいしかいない。いまやフィリップ・シーモア・ホフマンでさえ記者会見しか出席しないのに、ジャック・ニコルソンほどの大物に直接取材が出来るわけがない。もしも本当に単独取材枠が空いているのならば、ぼくなんかにそのオファーが来るわけがないじゃないか。そう思って、一応スケジュールは空けておいたものの、準備はまるでしていなかったのである。
だから、フォーシーズンズ・ホテルの待合室に入って、スケジュール表を確認したときには、完全に取り乱してしまった。取材枠にはMirai Konishiしか書かれておらず、しかも時間はたっぷり30分もある。これだけの素晴らしい機会を与えられていながら、なんの下準備もしてこなかった自分を、思いきり蹴飛ばしてやりたい気分だった。前のインタビュアーが取材を終えるまでのあいだ、ノートに質問を書き殴った。気持ちがはやり、手足が震えた。ようやく思いつく限りの質問を書き上げ、これから構成を練ろうとしたところ、タイムアウト。ベストからほど遠いコンディションで、取材部屋の前の廊下でスタンバイさせられることになった。扉の前の椅子では、長身の女性が資料を読んでいた。どこかで見たことがあると思ったらパット・キングスレーさんだった。トム・クルーズの育ての親でもある敏腕パブリシストに見張られていると知って、緊張は最高潮に達してしまった。
たぶん、ぼくの顔色が相当悪かったのだろう。取材部屋に入って挨拶を交わすと、ジャック・ニコルソンさんは日本での思い出話を切り出した。東京オリンピックより前に東京に行ったときのことや、その後、結局流れてしまった映画企画の話、お世話になった日本人の話なんかを。強面のイメージがある彼だけど、物腰が柔らかく、まるでぼくと話をすることを楽しんでいるかのような印象だった。たぶん、ぼくをリラックスさせようとしてくれたのだろう。おかげで落ち着きを取り戻したぼくは、いつものように取材を進めることができるようになった。とはいっても、相づちを打ちつつたまに質問するくらいで、あとはユーモラスで含蓄に満ちたエピソードに耳を傾けているだけだったのだけど。これだけのキャリアを築きながら、演技への情熱をすこしも失っていないことに、ぼくは敬服しきりだった。
このインタビュー記事を書くのは、「ディパーテッド」の日本公開までお預け。感動を余すことなくお伝えするつもりなので、お楽しみに。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi