コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第64回
2005年4月4日更新
アカデミー賞が終わってからというもの、どっぷりテレビにはまってしまっている。映画取材がようやく一段落したためだが、もうひとつの理由は「The Wire」という傑作シリーズを(いまさら)発見したことにある。
「The Wire」は、来年で第4シーズンに突入する刑事ドラマだ。盗聴器(wire)を使った犯罪捜査がテーマなのだが、ブラッカイマーがプロデュースする人気番組「CSI:科学捜査班」やその類とは似て非なるものなのだ。
最大の特徴は、群像劇である点だ。メインのキャラクターだけで10人くらい、サブを含めると登場人物は30人近くに膨れあがる。一応の主人公はドミニク・ウエスト扮するマクナルティ刑事で、彼の些細な言動が、やがてはボストン市全体を揺るがす巨大な犯罪捜査へと発展していくという筋書きだ。たとえば、第1シーズンのターゲットはボストンで最大の勢力を誇るドラッグ組織で、警察内部からマフィア組織内部、政治家や弁護士、ストリートの麻薬中毒者までに及ぶ連鎖を描いていく。スティーブン・ソダーバーグ監督の「トラフィック」に似ていると言ったら、わかりやすいかもしれない。
正直なところ、これほど視聴者にとっつきにくいドラマもないと思う。キャラは多いし、ストーリーは複雑だし、会話はスラングだらけ。「24」のようにサスペンスで煽らないし、「エイリアス」や「LOST」のようにミステリーで視聴者をつなぎ止めることもしない。「The Wire」が日本で放送されていないのも、当然の話なのだ。
でも、見応えのある犯罪ドラマを探している人だったら、きっとすぐに魅了されるはずだ。ダメ警官の寄せ集めで構成された盗聴チームが成長していくプロセスは痛快だし、ドラッグマフィア内の指揮系統や巧妙な配給システムは非常に興味深い。主人公の刑事がろくでなしの酔っぱらいで、悪者の方がかえってジェントルマンだったりするのも面白い。レズビアンの女刑事や、出世欲だけの署長、密告者を志願するジャンキーなど、個性豊かなキャラクターたちが織りなす複数のストーリーラインは、予想もしなかった形で交差していく。片時も目を離さずに注視していると、やがて壮大なタペストリーが浮かび上がってくるのだ。デニス・ルヘイン(「ミスティック・リバー」)やリチャード・プライス(「クロッカーズ」)、ジョージ・ペレケーノス(「俺たちの日」)など、クライム小説の名手が脚本に参加していることからもわかるように、これは映像版の犯罪小説なのだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi