コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第59回
2004年11月1日更新
作品としての評価はさておき、マイケル・ムーア監督の「華氏911」が、ドキュメンタリー映画ブームを巻き起こしたのは、紛れもない事実だろう。製作費わずか6万5000ドルの「スーパーサイズ・ミー」が、アメリカだけで1150万ドルのロングランヒットになったのも、「華氏911」を観た一般観客が映画館に足を運んだ結果と言われている。「華氏911」は、それまで陽の当たることのなかったドキュメンタリー映画への関心を高めたのである。
しかし、その一方で、政治プロパガンダとしてのドキュメンタリー映画を乱発される結果になった。「華氏911」のターゲットとなった共和党支持者たちは、「Fahrenhype 9/11」「Celsius 41.11: The Truth Behind the Lies of Fahrenheit 9/11」と、アンチ「華氏911」を製作。さらに、マイケル・ムーア批判の「Michael Moore Hates America」や、反ジョン・ケリー映画「Stolen Honor: Wounds That Never Heal」などが、立て続けにリリースされた。
民主党支持者も黙っていない。イラク戦争をドキュメントした「Uncovered: The Whole Truth About the Iraq War」や「Soldiers Pay」(「スリー・キングス」のデヴィッド・O・ラッセルが監督)、フォックス・ニュース・チャンネルの報道姿勢を批判した「Outfoxed: Rupert Murdoch's War on Journalism」などが次々に発表された。ニュートラルな立場で若き日のジョン・ケリーを追った「Going Upriver」を除いて、民主党、共和党それぞれの主張が色濃く出た作品ばかりが作られたことになる。
ぼくは「華氏911」以外の映画を観ていないので確かなことは言えないのだけれど――テレビコマーシャルでの双方の中傷合戦に辟易していたので、どれも見る気にならなかった――批評的にもボックスオフィス的にも、共和党ご推薦映画のほうが分が悪そうだ。「華氏911」に対抗するため急いで作られたことと、人材不足――クリエイター気質の人は、民主党支持者が圧倒的に多い――が関係しているのかもしれない。マイケル・ムーア並のフィルムメーカーが登場しない限り、共和党は厳しそうだ。
この原稿を書いている時点で、大統領選挙の結果は出ていない。もし、ジョン・ケリーが勝つことになれば、間違いなくその要因として「華氏911」が挙げられることになるだろう。果たして、結果はいかに?
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi