コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第40回
2003年4月2日更新
今年のアカデミー賞で、もっとも驚きだったのは「戦場のピアニスト」の3部門受賞だった。同作が大ヒットを記録している日本はともかく、アメリカのマスコミでこの事態を予測したところはほとんど皆無と言っていい。文字通りのダークホースだったのである。
昨年秋からのオスカーレースで、「戦場のピアニスト」はひたすら地味だった。「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」はボックスオフィスで記録的なヒットを飛ばし、「シカゴ」は批評家の支持をバックに、派手なプロモーション活動を展開。「ギャング・オブ・ニューヨーク」と「めぐりあう時間たち」からは、それぞれマーティン・スコセッシ監督とニコール・キッドマンが宣伝活動の先頭に立ち、メディアの注目を集めていた。一方、「戦場のピアニスト」のほうはといえば、映画上映は小規模で、監督はマスコミの前に一切姿を現さず、主演のエイドリアン・ブロディがトーク番組巡りをしていたぐらいである。
そんな映画がどうして三冠に輝くことができたのか?
結果的に見れば、目立たなかったことが効を奏したようだ。というのも、ミラマックスの露骨な宣伝攻勢が、激しいバッシングを受けていたからである。たとえば、監督賞がロマン・ポランスキー監督に渡ったのは、ミラマックスが候補を一本化出来なかったせいだという声が多い。業界内では、「シカゴ」のロブ・マーシャル監督の手腕を高く評価する声が多く、アメリカ監督協会賞もマーシャル監督に贈られた。しかし、ミラマックスは「ギャング・オブ・ニューヨーク」のマーティン・スコセッシ監督を強力にプッシュ。「作品賞は『シカゴ』、監督賞はスコセッシ」の路線でアピールしていた。とくに物議を醸したのが、ロバート・ワイズ監督(「ウエスト・サイド・ストーリー」「サウンド・オブ・ミュージック」)を担ぎだした意見広告だ。ロサンゼルス・タイムズに掲載された同広告で、ロバート・ワイズ監督は、スコセッシ監督がアメリカ屈指の巨匠であるとアピール。アカデミー会員に投票を呼びかけていた(記事を書いたのはゴーストライターだと言われている)。
ごり押しのミラマックスが反感を買っていくなかで、地味な「戦場のピアニスト」が得したことがもうひとつある。それは、アカデミー会員が観る最後の作品になったことだ。会員の自宅には選考用のビデオやDVDがぞくぞくと送られてくるのだが、鑑賞の順序は、どうしても評判の高いものからになってしまう。人間、あとに観た映画のほうが強く印象に残るもので、「戦場のピアニスト」は、会員が投票間際に観た映画になったのではないかと思う。もちろん、映画にそれだけの魅力が備わっていなくては、こんな結果はあり得ないわけだけれど。
今回は、なんだか予想を外した言い訳みたいになってしまった――。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi