コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第4回
2000年3月29日更新
今年のアカデミー賞はなかなか見所が多かった。ロビン・ウイリアムスの歌う“Blame Canada”(「サウス・パーク」) には笑ったし、助演男優賞を受賞したマイケル・ケイン (「サイダーハウス・ルール」) の、映画の役柄そのままの心優しいスピーチには感激した。でも、今年のアカデミー賞ほど冷めた目で見たこともなかった。僕がロサンゼルスに来たのは6年前だけれど、それから年々「オスカー・キャンペーン」は加熱。それと反比例するように、僕の興味は薄れてしまったのである。
5600人といわれるアカデミー会員のほとんどがここロサンゼルスに住んでいることから、ノミネート作を抱えたスタジオはそれぞれ莫大な宣伝費をかけて、ロサンゼルス住民にアピールする。テレビをつければケビン・スペイシーが壁に皿を投げつけているし (「アメリカン・ビューティー」のCM)、新聞を開けば「サイダーハウス・ルール」のオールキャストの全面広告が目に入る。トークショーでは、出産間近のアネット・ベニング (主演女優賞ノミネート) がゲストで愛嬌を振りまき、人間嫌いで知られるラッセル・クロウ (主演男優賞ノミネート) は、映画撮影を中断してまで、パーティーや映画賞に出席している。シニカルなケビン・スペイシー (主演男優賞ノミネート) までが全米俳優協会賞で感動的なスピーチをするという、ちょっとなんだかなあ、という現象が続いた。これで宣伝カーで演説をはじめたら、まるっきり選挙運動である。どのスタジオもアカデミー賞を決める秘訣は「広告とメディア露出のコンビネーション」と信じて疑わないのだが、そもそもこの方程式を生み出したのは7年連続で作品賞ノミネートを勝ち取るという偉業を成し遂げたミラマックスである。主演俳優のスケジュールを空けて、それをすべてメディア露出にあてさせるやり方だって、昨年グウィネス・パルトロウ (「恋におちたシェイクスピア」で主演女優賞) で使った手法である。
ハリウッド・レポーター誌、バラエティ誌という業界誌をキャンペーンに利用するやり方もミラマックスが始めたものだ。アカデミー会員の読者も多いことから、もともとどのスタジオも広告をのせていた。しかしミラマックスはここの広告(とくに一番目立つ表紙ページ)を買い占めた。去年のキャンペーン期間中、両誌の表紙を飾ったのは、「恋におちたシェイクスピア」か「ライフ・イズ・ビューティフル」だったのである。
今年は他のスタジオも広告を買うようになり、一番積極的なのが「プライベート・ライアン」の雪辱に燃えるドリームワークスだった。作品賞間違いなしといわれる「アメリカン・ビューティー」が、またもや対抗ミラマックス「サイダーハウス・ルール」に敗れてはたまらない、ということなのだろう。LAタイムズの取材によるとドリームワークスがバラエティ誌に支払った一ヶ月の広告料が77万ドル (約8000万円)。ミラマックスの広告料35万ドル (約3700万円) の倍以上である。これにハリウッド・レポーター誌やCMを入れたら、とてつもない額の宣伝費 (1000万ドルとも1500万ドルとも言われている) を投じたことになる。
「アメリカン・ビューティー」の作品賞受賞は妥当だと思うけれど、なぜか素直に喜べない。僕がナイーブ過ぎるのだろうか?
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi