コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第37回
2003年1月7日更新
2003年の元旦、ぼくは寒空の下、行列のなかにいた。ミュージカル映画「シカゴ」は、限定公開なので公開館がやたらと少なく、評判の高さも手伝って、常に満席状態なのである。早起きして初回の1時間前に駆けつけたものだが、すでに長蛇の列が出来ていた。これはアメリカの映画館では非常に珍しいことで、ぼくとしても、「エピソード2」の初日以来の経験だった。ただ、「スター・ウォーズ」のときとは客層がまったく異なり、年齢層高めで、しかも女性ばかり。アジア人の30男なんて、どこにもいない。なんとかチケットを入手したぼくは、毛皮のコートを着たおばさまたちの列に加わった。
たちこめるさまざまな香水の匂いにむせながら、ぼくは激しく後悔していた。ミュージカル映画が大の苦手だったことを、今になって思い出したのである。なにが嫌かって、歌や踊りでドラマの進行が中断されるのが我慢できない。音楽が止んだとたん、それまでさんざん踊り狂っていた主人公たちが、まるで何事もなかったように日常生活に戻るっていう展開にも、ついていけなかった。そういう芸術様式なのだと頭で理解はしていても、その現実離れした世界に没頭することは不可能だった。
周囲の女性たちは、往年のミュージカル映画について談笑していた。どれもぼくが好きになろうと努力したけれど、結局断念した「傑作」たちだった。自分が間違った場所にいることは明らかだった。しかし、それでもその場を去らなかったのは、チケット代が惜しかったからにほかならない。割引料金で、たったの6ドルに過ぎなかったのだが――。
が、しかし。驚くべきことに、ぼくは「シカゴ」を心の底から楽しむことができたのだ!
「シカゴ」は、75年にブロードウェイで大ヒットしたミュージカル劇の映画化だ。舞台は20年代のシカゴ。歌手志望の平凡な主婦ロキシー(レニー・ゼルウィガー)が、不倫相手を殺してしまうところから物語は始まる。投獄された刑務所には、ロキシーと同様、「やむを得ない事情」で夫や恋人を殺した女性たちだらけ。憧れの人気歌手ベルマ(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)も、その中にいた。やがてロキシーは、どんな犯罪者も、マスコミ操作により無罪にしてしまうという名うての弁護士ビリー(リチャード・ギア)の助けを借りることになる――。
基本的に舞台は、刑務所と裁判所だけ。ここでたっぷりと歌や踊りが披露されるのだが、とてもクレバーな映画的仕掛けが施されている。ミュージカル・シーンは、すべて主人公ロキシーの頭のなかで起こるのだ。つまり、ミュージカル場面はロキシーの想像なのである。ドラマのなかに歌や踊りが入った従来のミュージカル映画と違い、リアルな世界とファンタジーの世界がくっきりと区分けできているから、ぼくのようなミュージカル嫌いでも楽しめるのだ。
この映画については、語るべきことが多すぎる。歌もダンスもすごいし(とくに、キャサリン・ゼタ=ジョーンズは圧巻)、ドラマ場面からミュージカル場面への展開は見事としかいいようがないし、なにより舞台演出が素晴らしい。ミュージカルナンバーが1曲終わるごとに、観客は拍手喝采だった。まるでライブのミュージカル劇を観ているような迫力だった(実際に観たことはないんだけど)。
「シカゴ」はミュージカル映画の楽しさを教えてくれた記念すべき作品となった。こんな映画体験、今まで知らなかったな。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi