コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第300回
2020年4月8日更新
スピルバーグ、デル・トロのオリジナル短編を配信 新動画プラットフォームQuibiの勝算は?
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
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Quibi(クイビ)と呼ばれる新たな動画配信サービスが4月6日(現地時間)、アメリカでスタートした。動画配信というと、昨年11月にディズニーが開始したDisney+が好調で、今後もワーナーメディアのHBO MaxとNBCユニバーサルのPeacockの開始が控えている。NetflixやAmazon、Huluなど先行組に巨大メディア企業が加わったことで、アメリカの動画配信サービスは群雄割拠の様相を呈している。
だが、ドリームワークス・アニメーションを率いたジェフリー・カッツェンバーグと、ヒューレット・パッカード・エンタープライズの前CEOであるメグ・ホイットマンが共同で立ち上げた新興デジタルメディア企業Quibiの狙いは、既存の動画配信サービスとは異なっている。有名クリエイターが手がけるオリジナルコンテンツを目玉にしている点は同じだが、ここで提供される動画はすべて1話10分以下。QuibiとはQuick Bite (一口サイズ)を短縮した造語で、携帯端末でスキマ時間に視聴されることを想定しているのだ。
ニュースやバラエティ番組など「Unscripted(筋書きなし)」のカテゴリーに属す番組なら、10分以下にまとまめられた動画は携帯端末で見るのにちょうどいいと思う。実際、Quibiは「Unscripted」のコンテンツをたくさん揃えている。だが、Quibiが目玉にしているのは、映画やドラマなど「Scripted(筋書きあり)」のコンテンツだ。
ハリウッドでもっとも顔が広い人物のひとりとして知られるカッツェンバーグだけあって、スティーブン・スピルバーグからギレルモ・デル・トロ、リドリー・スコット、ダグ・リーマン、ファレリー兄弟らトップの才能に制作を依頼。彼らが手がけるのは「映画」であるものの、1話10分以下の一口サイズに小分けして提供されるのだという。
忙しい現代人の可処分時間をさまざまな企業が奪い合うなかで、高品質の映像コンテンツの時間を短縮するのはとてもスマートなアイデアに思える。でも、映画やドラマを愛する自分のようなタイプが、10分以下で区切られた物語に没頭できるとは思えない。そんな先入観を抱えつつ、リアム・ヘムズワース主演「Most Dangerous Game(原題)」を視聴することになった。
「Most Dangerous Game(原題)」は、「猟奇島」として映画化されたことがあるリチャード・コネルの短編小説を、人気ドラマ「SCORPION スコーピオン」のクリエイター、ニック・サントーラが映像化した作品だ。脳腫瘍で余命わずかと診断された元アスリート(ヘムズワース)が、妻と生まれてくる子に財産を残すため、人間狩りのゲームに参加するというストーリーだ。主人公をゲームに誘う謎のビジネスマンを、クリストフ・ワルツが演じている。
まず驚いたのは、携帯端末向けとは思えないクオリティの高さだ。出演者の豪華さや見事な撮影、美術などを見れば、通常のアメリカドラマにひけをとらない予算が投入されているのは明らかだ。同時に、画面を縦にしても横にしてもフルスクリーンで映るようになっており、携帯端末向けの工夫もある。
最大の注目点である尺については、確かに各エピソードが7分から10分で終わってしまう。でも、あまり気にならない。地上波のテレビドラマを見ているときに、コマーシャルで中断されるのと似たような感覚だ。そして、地上波のテレビドラマと同じように、必ずクリフハンガーで終わっているから、つい次のエピソードを見てしまう。結局、スクリーナー(=映像サンプル)として提供してもらった4話を、30分たらずでイッキ見してしまった。
Quibiの視聴体験に似ているのは、読書だ。どんなに長い小説も、たいていは章で細かく分かれている。そして、多くの人は、章を区切りにして読みすすめていく。1回の読書でどれだけの章を読むのか、読者の自由だ。時間があったり、物語にのめり込んだときはたくさんの章をこなすし、移動時は1章しか読めないこともある。でも、その本に魅力を感じ続けていれば、いつかは結末に辿りつく。一方、映画鑑賞は2時間、ドラマ鑑賞は1話1時間という、まとまった時間を要求する。Quibiは1話10分以内という、映像コンテンツ消費の新たなフォーマットを確立してくれた。しかも、携帯端末向けだから、通勤や通学、待ち合わせや休み時間などの隙間時間で、自由に消費することができるのだ。
さて、スタート時にQuibiが提供するのは24番組。さきほどの「Most Dangerous Game(原題)」や、「ゲーム・オブ・スローンズ」のソフィー・ターナー主演「Survive(原題)」(マーク・ペリントン監督)が目玉といえよう。4月20日には、アナ・ケンドリック主演の「Dummy(原題)」(トリシア・ブロック監督)もお目見えする。
運が悪いのは、新型コロナウイルスの感染が拡大したアメリカで、サービスを開始しなければならなかったことだ。人々が外出を控えて自宅で過ごしている現状では、Quibiのメリットは伝わりづらい。Quibiも90日間無料キャンペーンを展開しているが――通常は広告つきで月4ドル99セント――、今後の動向に注目したい。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi