コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第201回
2012年10月15日更新
第201回:ディズニーが挑戦した野心作「シュガー・ラッシュ」
ディズニーの新作アニメ「シュガー・ラッシュ」には、いい意味で驚かされた。ご存じの通り、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオは、2006年にピクサーのエド・キャットマル社長とジョン・ラセター監督がトップに就任し、アニメーション部門の立て直しがはじまった。それから「ボルト」「プリンセスと魔法のキス」「塔の上のラプンツェル」「くまのプーさん」を発表。「アメリカン・ドッグ」という題名で途中まで製作が進んでいた企画に大幅な変更を施した「ボルト」を除けば、いずれもディズニーの伝統を引き継いでいることがわかるだろう。
それに引き替え、最新作「シュガー・ラッシュ」は突然変異で生まれたかのような作品だ。テレビゲームの世界を舞台にした物語で、主人公は粗野な大男ラルフ。「壊し屋ラルフ」(Wreck-It Ralph)という原題からして、まったくディズニー的じゃない。しかし、従来の枠組みにとらわれていないからこそ、驚きに満ちた作品に仕上がっているのだ。
物語の主人公は、テレビゲームのキャラクターたちだ。日中はプログラムとして与えられた役職をせっせとこなしているが、ゲームセンターが閉まれば、好き勝手に行動できる。電源コードとコンセントをつたえば、別ゲームに移動することも可能という設定だ。
さて、主人公のラルフは、「Fix-It Felix」というレトロゲームの悪者。モノを壊し、暴れ回ったあげく、正義の味方に退治されてしまうという、ドンキーコング的な存在だ。嫌われ者を演じつづけることにうんざりした彼は、仲間の尊敬を勝ち取るために、別のゲームから金メダルを持ってくるアイデアを思いつく。そして、ラルフがプログラムを無視し、自分勝手な行動を始めたことで、ゲーム界に大騒動が巻き起こる、というストーリーだ。
人間がいないとき、おもちゃは勝手に動き回っている、という「トイ・ストーリー」の基本設定をさらに推し進めたかのような物語世界は斬新だし、既存ゲームの人気キャラクターが大挙してゲスト出演しているのもうれしい(個人的には、「メタルギアソリッド」の「!」がツボだった)。もちろん、ラセターが製作総指揮を務めているから、ストーリーも疎かにはされていない。ラルフがヴェネロペという風変わりな少女と出会い、成長していくプロセスが丁寧に描かれている。
僕の勝手な想像だけれど、立て直しが一段落したからこそ、ディズニーは「シュガー・ラッシュ」のような野心作に挑戦する余裕が生まれたのではないかと思う。同時公開となる短編映画「ペーパーマン」も出色の出来で、今後のディズニーアニメがますます楽しみになった。
「シュガー・ラッシュ」は、2013年3月に全国で公開。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi