コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第20回
2001年8月1日更新
「エボリューション」という映画のジャンケットでのことだ。ウエストウッドにあるWホテルの客室でインタビューの準備をしていると、同席したオーストラリアの記者が「ちょっと見てくれよ」とLAタイムズ紙を渡してきた。手にとると、「ムーラン・ルージュ」の広告に、彼の名前と“MAGICAL!”というコメントが載っている。オーストラリアの雑誌に書いた映画批評がそのまま広告に引用されたのだという。「そんなつもりであの映画を誉めたわけじゃないんだ。困っちゃうよな」と、にやけながら言うオーストラリア男。まるで困ってなんかいないのだが、まあ、それも無理もない話だ。なにしろアメリカの映画宣伝に自分の名前が出るのは一種のステイタスなのである。
アメリカの新聞・雑誌各誌には名物評論家がいて、それぞれ絶大な影響力を持っている。だから彼らが好意的な批評をすれば、映画会社のマーケティング部の人間が黙っているわけがない。テレビCMや新聞広告に彼らのコメントを引用し、派手な映画宣伝を繰り広げるのである。が、アメリカの批評は辛口で知られ、有名な評論家が誰も誉めない映画も多々ある。そういう場合、宣伝部は知名度の低い評論家のコメントを使わざるを得なくなる。映画のクオリティが低くなればなるほど、その批評家の信用度が落ちていく傾向があって、ひどいときにはラジオのDJやミニコミ誌の記者のコメントしかのっていないこともある。でも、コメントした人の名前は小さい字で印刷されているし、一般の人は「最高!」とか「今年一番のコメディ映画!」といったコメントだけを頼りに映画を選ぶので、この慣習はなかなかなくならないのだ。先月ソニーの宣伝部が、「デビッド・マニング」という架空の評論家を作りだしていた事件が発覚したが、それもこんな現状が生み出した現象だったのだ。
「ムーラン・ルージュ」の記事を書いたオーストラリア記者はあとからやってきた記者たちにもいちいちその記事を自慢していた。遅れてやってきたイギリス人の女性記者は「すごいわね」と感心してみせたあとで、「でも、注意したほうがいいわよ」と言った。この業界には自分の名前を広告に載せたいがために、どんな映画も絶賛するライターがいるのだという。ほかの人の誉めない駄作ほど、力を入れて「これぞマスターピース!」「抱腹絶倒!」などと誉めたおすというのだ。よく、どう考えてもろくでもないシロモノなのに、「何度でも観たくなる!」なんてコメントが載っていることがあるが、それもそんな人たちが書いたものなのだ、と。オーストラリア人の記者は、「ぼくは自分の思った通りに書いただけだし、決して迎合なんかしたつもりはない」ときっぱりと否定したが、いい気分を台無しにされたようで、その後はしゅんとしてしまった。一方、釘をさしたイギリスの女性記者は、彼の名前がのった広告が気になるようで、インタビュー中もちらちらと見ていた。実は嫉妬していたのかも。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi