コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第19回
2001年7月2日更新
「ずっとこの日を待ってたんだよ。どんな映画かまったく見当つかないけど、かえってそこがエキサイティングなんだよな」
「A.I.」の公開初日、チャイニーズ・シアター前に並んだ大学生風の男はそう答えた。チケット売場に並ぶ他の映画ファンもみな同意見で、トップシークレットの作品だからこそ、わざわざ初日に映画館まで足を運んだのだ。
考えてみれば「A.I.」ほどミステリアスなサマームービーもない。夏に公開される超大作といえば、徹底したパブリシティと、親切すぎる予告編で、観る前からおよその見当がつく。しかし「A.I.」に限っていえば、2週間前に試写が解禁となるまで、関係者以外にその内容を知るものはいなかった。製作中の映像が外部に漏れることはほとんどなかったし、脚本が流出することもなかった。インターネットが浸透した今、これだけ大きな秘密を守り通すことができたのは、驚くべきことだと思う。
また、映画会社が仕掛けた陽動作戦が謎に輪をかけた。Ain't-it-cool-news.comに偽情報をリークしたり、「イーバン・チャン殺人事件」というオンライン・プロモーションで様々な憶測を巻き起こした。現実とフィクションを織り交ぜたプロモーションは実に見事なもので、映画にクレジットされている架空のアドバイザー、ジェニーン・サラの存在を信じ、MIT(マサチューセッツ工科大学)で行われたプレスコンファレンスで、主演のハーレイくんにサラとの関係を質問するマスコミまで現れた。(ちなみにハーレイくんは「彼女はポストプロダクションのみに参加しているので、直接面識はありません」とうまくかわしていたが)。
さて、やっとのことで「A.I.」を観た観客の反応はどうだろうか。アメリカ人は感情表現がオーバーだからその映画を気に入ったかどうか一目でわかるものだが、チャイニーズ・シアターから出てくる観客は、一様に複雑な表情をしていた。なんだかみんな考え込んでしまっているような感じである。考えさせる映画であるのはたしかだけれど、理由はそれだけではないはずだ。観客の1人に感想を訊いたら、「いい映画だと思うよ。だけど、なんかこう、想像していたものと違ったんだよな」と混乱したような顔で答えてくれた。一緒にいた彼のガールフレンドも同意した。「こんな映画だとは知らなかった」
彼らの気持ちはわからないでもない。ぼくも試写ではじめて「A.I.」を観たとき、同じように混乱してしまったからだ。ただでさえキューブリックとスピルバーグが組んだということで分析的になってしまうのに、いろんな情報を聞かされていたために、映画を正しく判断することができなかったのだ。スタジオの秘密主義や陽動作戦によって、過剰な期待や誤った推測をしてしまっていたのである。ぼくが態度を決めることができたのは、2回目の上映を観たあとのことだ(ちなみに、ぼくは「肯定派」です)。いっそ通常のマーケティングをしていてくれたほうが、もっと素直に楽しめたんじゃないかと思う。仕方のないことなのかもしれないけれど。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi