コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第16回
2001年4月2日更新
インタビューの仕事をしていると、「きれいな女優さんに会えるなんて、いいよなあ」などと、羨ましがられることがある。そのたびに、ぼくは申し訳ない気分でいっぱいになる。ぼくには憧れのスターなどはまるでいないので、そういう有り難みを一切感じていないからだ。もちろん、きれいだなあ、とか、さすがにかっこいいなあ、と思うことはある。でも誰のファンでもないので、自分が舞い上がってしまうようなことは決してない。だから、羨ましいと言われても、「ええ、まあ」という曖昧な返事しかできないのだ。
自分が作る側の人間だからどうかはわからないが、ぼくは子供の頃から、映画スターよりもルーカスやスピルバーグに興味があった。だから当然、憧れのフィルムメーカーならたくさんいる。以前この連載でも書いたことがあるけれど、ぼくはここ数年スティーブン・ソダーバーグ監督のファンをやっていて、頼まれもしないのに勝手に普及活動を行っているぐらいだ。いまのアメリカで、彼ほど商業性と芸術性が絶妙のバランスで合わさった映画を作る監督はいないと思う。また、才能に溢れ、あれほどの作品を作り上げているのに、いつも控えめな人間性も魅力的だ。インタビューをするたびに──といっても、2回だが──惚れ惚れしてしまう。だから彼がアカデミー賞監督賞にダブルノミネートされたときも、まったく驚かなかった。
ソダーバーグ監督の才能を100%信じる一方で、オスカー受賞のチャンスはないとぼくは見ていた。アカデミー賞では、作品の質だけでなく政治力が物を言うからである。ソダーバーグ監督の「トラフィック」はインディペンデント映画で基盤が弱い上に、競争嫌いのソダーバーグ監督が積極的なオスカー運動を展開するはずもない。金色の銅像は自動的に「グリーン・デスティニー」のアン・リー監督か、「グラディエーター」のリドリー・スコット監督に渡ると思っていた。
そうして、3月25日を迎えたのである。
多くの人にとって、もっとも印象的なシーンはジュリア・ロバーツの受賞スピーチだろう。しかし、ぼくにとっては、もちろんソダーバーグ監督の受賞だ。ぼくも驚いたが、ソダーバーグ監督のほうはもっと驚いている様子だった。たいていの受賞者は与えられた45秒間に、映画に関わった人の名前を読み上げて感謝の意を伝える。社交辞令じみた慣習だが、ソダーバーグ監督は「あとで1人1人に直接感謝の意を述べますので、」と前置きすると、まったく別のことを言ったのだ。
「毎日の生活のなかで、その数時間を、なにかを創造することに費やしているすべての人に感謝したいと思います。小説でも、映画でも、絵画でも、ダンスでも、劇でも音楽でもなんでも構いません。自分の経験を他人とシェアしようとするすべての人です。芸術がこの世界になければ、ぼくはとても生きていけないと思う。ぼくにインスピレーションを与えてくれた人、みんなにありがとう 」
まったく、しびれるぜ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi