コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第145回
2011年8月3日更新
第145回:ネットフリックス、成長停滞打開の一手は海外進出
7月中旬、米オンラインDVDレンタルの最大手であるネットフリックスが、新価格体系を発表した。ネットフリックスといえば、オンラインで見たい映画を選び、郵送でDVDを受け取り、どれだけ延滞しても罰金が科せられないというレンタルシステムを生み出した会社だ。いまではパソコンや家電、ゲーム機、携帯デバイスなどの20を超える対応機器を通じて提供するストリーミング配信が人気で、定額料金を払えば映画やテレビが見放題となっている。これまでの料金は、DVD郵送サービスと動画ストリーミング配信とのセットで月9ドル99セントだったのに対し、7月に発表された新価格ではDVDの郵送サービスと動画ストリーミング配信が別プランとなり、それぞれ月7ドル99セントとなった。動画ストリーミングだけを利用するなら月2ドル安くなる計算だが、大多数のユーザーは激怒し、同社のフェイスブックやツイッターのアカウントに激しいバッシングを浴びせた。なぜなら、ストリーミング配信サービスで独走するネットフリックスでさえも、一般の映画ファンを満足させられるほどのコンテンツを揃えていないため、ユーザーはDVDの郵送サービスを打ちきることができない。これまで通りDVD配達とストリーミング配信の両方を利用しようとすると、月15ドル99セントの支出を迫られることになったのである。
ネットフリックスは実質的な値上げに踏み切った理由を、廃止の方向で進めていたDVD郵送事業を継続させるためだと説明する。しかし、ストリーミング配信用コンテンツをいっそう充実させるための資金集めが目的だとの見方が一般的だ。
07年にネットフリックスが映画やテレビのストリーミング配信サービスを開始したとき、わずか数年で業界を揺るがすほどのバケモノに成長するとは、想像もつかなかった。当初はコンテンツの数が少ないし、映像も音質もひどかったので、好きな映画ならソフトを購入したほうがマシだと思ったからだ。その後、ネットフリックスが地道にコンテンツを獲得していく一方で、アメリカのホームビデオ市場が一気に縮小してしまう。景気悪化を背景に、ブルーレイやDVDの購入を控え、ネットフリックスに加入する映画ファンが激増したのだ。コンテンツ数やクオリティに問題があったストリーミング配信も徐々に改善され、いつしかネットフリックスはこの分野のトップに立つようになったのだ。
ネットフリックスのストリーミング事業がここまで急速に発展できたのは、スタジオ側から格安のライセンス料でコンテンツを獲得できたからだ。当初はストリーミング配信による収益モデルが確立されていなかったため、スタジオは試験的にコンテンツを提供していたのだ。もし、このままネットフリックスがストリーミング市場を独占してしまえば、音楽配信ビジネスで圧勝したアップルのiTunesのような存在になって、試験期間を過ぎても、スタジオは不利な条件を呑む羽目になったかもしれない。しかし、YouTubeやhuluに加えて、アマゾンやウォルマートがストリーミング事業に参入したことで健全な競争が生まれ、ネットフリックスに正当なライセンス料を請求できるようになった。かくして、ネットフリックスは、跳ね上がったコンテンツ獲得コストをユーザーの月額料金に反映させざるを得なくなったのだ。
新料金を嫌って大量の脱会者が出れば、ネットフリックスの成長が滞るのは間違いない。しかし、ネットフリックスはすでに次の一手を打っている。今年始めにスタートしたカナダでの運営を皮切りに、アメリカ国外の市場を開拓しようとしているのだ。今年中に中南米の43カ国、来年にはスペインやイギリスでの展開を発表している。
日本にやってくる日も近いかもしれない。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi