コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第129回
2010年9月16日更新
第129回:米テレビ業界を根本から変える可能性を秘めた新Apple TV
引っ越しを機に、思いきって固定電話を処分した。日々の連絡は携帯やメールがほとんどで、電話線はゲラをFAXで送るときくらいしか使っていない。そのわりには基本使用料が高いので、なんとかしたいと常々思っていたのだ。切り替えたのは、OomaというIP電話サービスだ。PCは不要で、Teloという専用端末をモデムと電話のあいだに設置するだけでいい。コストは端末機の購入料金(200ドルくらいで入手できる)だけで、全米かけ放題となる。国際通話料も安くて、日本への電話は1分3セントほど。FAXの送受信が不安定だったり、なぜか繋がらない番号があったりして、癖に慣れるまで時間がかかるが、デザインはいいし、インターフェイスは使いやすし、なにより音質がいい。おまけに、39ドルの追加料金を払えば、固定電話の番号を引き継ぐことができる。もっと早く導入しておくべきだったと後悔しているほどだ。もう電話会社は要らないのだ。
こんな生活が実現したのは、もちろんインターネットのおかげだ。固定電話からの脱却に成功したいま、次なるIT化のターゲットとしてケーブルテレビを選んだ。
広大なアメリカでは電波がろくに届かないので、テレビを観るためには、ケーブルか衛星放送に加入しなくてはならない。ケーブルには大量の専門チャンネルがあって、基本コースでもかなりの番組を視聴できるのだが、逆に言えば、不要な番組が大量に垂れ流されているということになる。ぼくがフォローしているのはせいぜい7~8番組だから、以前から月々の視聴料を割高に感じていた。
ケーブル・衛星放送以外の選択肢となると、iTunesやAmazonなどでテレビ番組を購入したり、インターネット動画サイトhuluで視聴したりすることになるのだが、移動中ならともかく、自宅にいるときはテレビ画面で見たい。好きな番組を手軽にテレビで観ようとすると、ケーブルに頼るしかないのが実情だった。
だから、 新Apple TVには大いに期待している。アップルの製品でも、iPodやiPhone、iPadと違って、Apple TVは大成功を収めているとは言い難い。でも、発表されたばかりの新モデルは、小型化して、値下げしただけのデバイスではない。これまで何十年にも渡ってケーブル会社が支配してきたアメリカのテレビ視聴のスタイルを、根本から変えてしまう可能性を秘めているのだ。
新型Apple TVは、ひとことで言えばストリーミングマシンだ。これをテレビに接続すれば、MacやiPadなどアップル製デバイスに保存された映画、テレビ番組、音楽、写真などを、テレビでストリーミング再生できるようになる。他にも、YouTubeを視聴できたり、Netflixのオンラインレンタルに対応していたりといろいろ見所はあるのだが、個人的にもっとも注目しているのは、映画を4ドル99セント、テレビを99セントでレンタル視聴できるようになることだ。自分が観た番組だけに課金されるシステムなので、視聴番組が多くはない自分にとっては、コスト削減が期待できる。好きなときに番組をスタートさせられるし、煩わしいCMが入っていないのもいい。あいにく動画再生が1080Pに対応しておらず(720Pまで)、テレビ番組のレンタルも4大ネットワークのうちABCとFOXしか参入していないが、ヒットとなれば状況は変わるはずだ。新型Apple TVが、業界を変えてしまうことを密かに期待している。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi