コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第80回

2025年8月6日更新

編集長コラム 映画って何だ?

トランプ政権を揺るがす、ジェフリー・エプスタインの胸クソ案件。Netflixで見られます

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2025年夏、トランプ政権に亀裂が生じています。原因は「エプスタイン問題」です。問題の人物、ジェフリー・エプスタインは、アメリカの大富豪で、長年に渡り未成年女性に対する性的暴行や人身売買を行っていたことが明るみになり、2019年に逮捕されました。その後彼は、拘留されていたニューヨークの拘置所内で首を吊って自殺したと発表されました。しかしエプスタインは、大物政治家や大企業のCEO、ハリウッドセレブなどに女性を手配・斡旋していたことが疑われており、その死は自殺ではなく暗殺ではないかと憶測されています。彼の死(2019年8月10日)から、間もなく6年が経過しようとしていますが、その真相を巡っては今なお様々な疑問や陰謀論が絶えません。

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この、エプスタインに関するドキュメンタリーシリーズ「ジェフリー・エプスタイン 権力と背徳の億万長者」(全4話)がNetflixにあるので、興味のある方は是非ご覧になってみてください。ただし、なかなかの胸クソ案件なので、それなりの覚悟が必要です。冒頭、「本作品には未成年への姓虐待描写を含み、視聴者に不快を与える可能性があります」というアラートが表示されます。

ところで、トランプは当初、自身が大統領に当選したら、エプスタインの顧客リストである「エプスタイン・ファイル」を公開すると公言していました。実際、トランプが政権に返り咲くと、パム・ボンディ司法長官が「エプスタイン・ファイルは私のデスクにある」と発言して期待感をあおっていました。ところが、司法省とFBIは2025年7月、一転して「顧客リスト(エプスタイン・ファイル)は存在しない」と述べ、MAGA支持者に大きな衝撃を与えたのです。

司法省の見解は「エプスタインの死は独房での自殺だった。非公開となっていた資料は被害少女らの1万点を超えるポルノ画像や動画であり、被害者保護のために公開はできない」というもの。一方、MAGA支持者は「『ディープステート(影の政府)』は真実を隠蔽している。バイデン政権(当時)は保身のために『エプスタイン・ファイル』を隠している。トランプがすべてを暴いてくれる」と期待していました。

約束を反故にされたと感じた人々に対して、トランプは「世間はまだ、エプスタインのことを気にしているのか?」と受け流し、MAGA派の中に分裂が生じているというわけです。

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さて、ここで紹介するNetflixのシリーズは、2020年のリリースですが、昨今のトランプ政権におけるエプスタイン問題を踏まえて改めて見ると、なかなか新鮮な驚きがあります。

まず、ドナルド・トランプの姿は、いきなり第1話の冒頭で登場します。トランプとエプスタインが一緒に写った写真が何回もクローズアップされる。また、トランプの邸宅マール・ア・ラーゴで、エプスタインにスカウトされたという女性も出てきます。最近のTVインタビューで「エプスタインに、自身の邸宅のスパから女性スタッフを盗まれた」と答えているトランプの発言は、このエピソードが元ネタでしょう。それにしても、当時(2000年ごろ)、トランプとエプスタインって、ズブズブの関係だったんじゃないのって想像できます。

いまこのシリーズを見ると、ドナルド・トランプの名前が「エプスタイン・ファイル」に載っていても不思議じゃないよねって思います。もちろん「名前が載っていること=不道徳なこと」とは限りません。でも、現職の大統領が「怪しい男とつるんでいた」ということは誰の目にも明らか。

各エピソードでは、エプスタインがどうやって少女たちに近づいて、彼女たちを手なづけて、性的奉仕をさせるに到るかが詳らかにされていきます。ここら辺のシークエンスはとてもおぞましい。まさに本作が「胸クソ案件」である証言の連打が続きます。

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辛かった体験を語るのは「サバイバー」とクレジットされた女性たちです。ほとんどの女性が、実名&顔出しで毅然と語っています。

フロリダにある邸宅や、ヴァージン諸島にあるプライベートアイランドに誘われて、最初は夢見心地で訪れてみたものの、途中から怪しい雰囲気になって行き、気がつけば性的な虐待を受けている……。

エプスタイン本人といつも一緒にいて、彼女たちの警戒を解くようにふるまうギレーヌ・マックスウェルという女性の存在が非常に印象的です。そのポジションは「エプスタイン夫人」という性格のものですが、同時に「娼館のマダム」のように振る舞う姿が女性たちの証言から浮かび上がります。

彼女は、少女たちに「Mr.エプスタインにマッサージをしてあげて。200ドルあげるから」と持ちかけ、「お友だちも連れてきて。そしたらもう200ドルあげる」と、未成年の少女たちを芋づる式にスカウトしていきます。

そうやってネットワーキングした女子たちを、エプスタインのみならず、彼の知人たちにも奉仕させるわけです。英王室のアンドルー王子(この件で王室を追放されました)や、ビル・クリントン元大統領の姿も繰り返し登場します。

そして、映画「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」のモチーフにもなったハーベイ・ワインスタインもしっかり登場しています。#MeToo ムーブメントの発端ですね。

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4話からなるこのシリーズ「ジェフリー・エプスタイン 権力と背徳の億万長者」は、サバイバーたちが、エプスタインを性的虐待の罪で有罪に導くために、勇気を出して闘うというナラティブで構成されており、エプスタインが逮捕・収監されたことで彼女たちは一定の達成感を勝ち取ります。

しかし、今日のトランプ政権で問題が再燃しているように、エプスタインの顧客たちと、その人物たちが犯した罪についてはほとんど描かれていません。いまだにくすぶり続けている火種が、むりやり消されるのか、あるいは再び燃えさかるのか、現時点で分かりませんが、とにかく、問題の本質について知ることのできる映像作品があるのは貴重です。センシティブな内容だけに、万人にすすめるものではありませんが、近年のアメリカ史における重要な事件の理解のために、敢えてご紹介することにしました。

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この4話に加えて、エプスタインのパートナーであったギレーヌ・マックスウェルにフォーカスした「ギレーヌ・マックスウェル 権力と背徳の影で」という長編もNetflixで見ることができます。

筆者紹介

駒井尚文のコラム

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。

Twitter:@komainaofumi

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