コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第29回

編集長コラム 映画って何だ?

北米ドーナツ業界、驚愕の真実。バーチャルSXSWで鑑賞

新型コロナウイルスの影響で、2020年3月に実施予定だったSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)はキャンセルになりました。私たちも参加予定でしたので、大変残念。でも、キャンセル後しばらくたって事務局から「映画祭に出品予定だった作品の一部が、オンライン試写で見られますよ」というメールがやってきました。

早速、オンライン試写室にログイン。しかし、システムがバグっているのか私のアカウントの制限なのか、「ショートフィルム」の一覧しか表示されません。短編しか見られないのか。

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しかも、短編の一覧が見られるだけで、本編は再生できない。「なんなんだこれ」と思いつつ、毎日ログインしていると、ある日たまたま先に進む操作ができて、長編のドラマ部門やドキュメンタリー部門の一覧が出現しました。

その中から、ドキュメンタリー部門のトップにあった「The Donuts King」というのを鑑賞してみたら、これが大当たり。それまで全く知り得なかった、驚愕の事実に出合うことができました。ちょっと興奮。ドキュメンタリーの醍醐味ですね。

主人公はカンボジア人です。1970年代に、クメールルージュの迫害から逃れ、難民としてアメリカにやってきたテッド・ノイという人物。テッドは、カリフォルニア州の教会に身元引受人になってもらい、昼は教会の清掃の仕事を、夜はガソリンスタンドで働いて生計を立てはじめます。もちろん、アメリカに来た時点では、ほぼ無一文。このテッドへのインタビューを中心に、映画は進んでいきます。

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ある日、ガソリンスタンドの夜勤明けに同僚から「ドーナツ買ってくるけど、お前も食べる?」って聞かれたテッドは、ドーナツが何であるかも分からずに「イエス」と答えます。そして、ドーナツを一口食べてビックリ、驚きの美味しさ! しかもそのドーナツは、故郷カンボジアのノムコンというおやつにそっくりだったのです。

毎日の仕事の後、ドーナツを食べるのが生き甲斐になったテッドは、ある日、ドーナツ店のおばさんに「自分のドーナツ店をオープンするにはどうすればいい?」と尋ねます。

「ウィンチェルズというドーナツチェーンにトレーニングプログラムがあるから、それに応募すれば?」

テッドの子孫が経営する「DK’sドーナツ」というお店がサンタモニカにあるので、そのインスタグラムから写真を引用しながら、話を続けましょう。

テッドはトレーニングプログラムに通い始めます。そしてドーナツ作りをマスターし、やがて独立。カリフォルニアに次々とドーナツ店をオープンしていくのです。

テッドは家族でドーナツ店を経営しながら、カンボジアからの新たな難民たちの保証人になり、彼らにドーナツ店の仕事を斡旋し、生活をサポートします。テッドを頼って、難民が続々とやってきます。

ドーナツ店は50店舗まで増え、商売も大繁盛。テッドは億万長者になります。フォード、レーガン、パパブッシュと3代の大統領にも会えました。彼は「ドーナツでアメリカンドリームを体現した男」になったのです。

現在、アメリカには個人経営のドーナツ店が5000店舗あって、なんとその95%がカンボジア人による経営なんだそうです。まさに驚愕の事実。これ、完全にテッド・ノイの功績です。彼は、自他ともに認める「ドーナツキング」になりました。

と、ここまでは「ドーナツが好きすぎる男の立身出世物語」ですが、私は本編を見ながら、あることが気になっていました。映画の中でインタビューに答えているテッドの妻や子どもたち、そしてカンボジアに暮らす親類たち、みんなテッドに対して感謝とリスペクトの言葉を並べていますが、その語りっぷりが、あんまり楽しそうじゃない。こんなに大成功したドーナツキングなのに、その成功に対しての共感があまり感じられないのです。

ストレートな成功物語だけでは、映画としては不十分ですよね。成功した主人公の光と影、陰と陽を描かないと。ということで、映画の後半には、テッドにまつわるネガティブな出来事の数々が描かれていきます。

ドーナツキングの、共感できない負の側面について、ここでは割愛しておきましょう。

とにかく、この映画を見終わったあとはドーナツが食べたくなること間違いなしってことは断言しておきます。「The Donut King」は、SXSW映画祭のドキュメンタリー部門で、審査員特別賞を受賞しました。そう、映画祭はなくなったけど、審査は行われたんですよ。日本でもいつか見られる日がくるといいですね。

SXSWがキャンセルになって、バッジ代とエアチケット代のほとんどは戻ってきませんでしたが、ホテル代が全額戻って来ました。7泊×3人分で、総額およそ85万円! オースティン市がロックダウンしたおかげで全額返金。キャンセルになって嬉しかった最大のことです。キャンセルになって嬉しかった……なんか変だな。

筆者紹介

駒井尚文のコラム

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi

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