コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第15回

2019年6月20日更新

編集長コラム 映画って何だ?

いま香港で行われているデモについて、もの凄く理解が深まる映画

香港で大規模なデモが行われています。直近6月16日のデモは、およそ200万人が参加したと主催者が発表しており、1997年の香港返還以来最大規模なんだと。

6月16日のデモの様子
6月16日のデモの様子

デモの目的は、香港政府が成立を目論む「逃亡犯条例の改訂案」を撤回させることですが、ここではあまり詳しく語りません。私が紹介したいのは、香港で行われたデモを追っかけたドキュメンタリー映画があって、これが現在のデモを理解するのに非常に役立つということなんです。

「ジョシュア 大国に抗った少年」の一場面
「ジョシュア 大国に抗った少年」の一場面

その映画とは「ジョシュア 大国に抗った少年」(2017)。NETFLIX映画です。本作は、当時アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞の候補と目されていたもので、当時私も見ていました。ですが結局、オスカーにはノミネートされなかったため、それほど大きな話題にはならなかった。

しかし、香港のデモが連日ニュースを賑わせている現在、もう一度見直してみたところ、いま香港で起きていることと、そもそも香港の人々の置かれている立場が手に取るようにわかって、とんでもなく面白い。

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香港における大規模なデモと言えば、14年の「雨傘運動」を思い出す人も多いと思います。「オキュパイ・セントラル(中環を占拠せよ)」の大合唱のもと、2カ月以上続いたデモがありました。

この映画は、その「雨傘運動」をつかみに使いながら、それに先立つ12年の学生デモの場面から始まります。ここから先は、ある意味ネタバレであることをお断りしておきます。もっとも、歴史的な事件を描いたドキュメンタリーなので、ご存知の方は映画と関係なくご存知のことと思いますが。

主人公は当時高校生だったジョシュア・ウォン。彼は14歳の時に「学民思潮」という思想団体に参加します。やがて彼は、中国が香港の義務教育に導入しようとしたカリキュラム「国民教育」を、断固拒絶するべく立ち上がります。政府が言うには、香港人には愛国心が足りない。「国民教育」で愛国心を学ばせよう。しかし愛国心の対象は、中国共産党のことなのです。

「国民教育」、それは「洗脳教育」。だから絶対に受け入れられない。

ジョシュアはデモに訴え、学生たちが熱く支持しました。まだあどけない高校生が、マイク片手に集会で大衆をアジる姿はちょっと異様です。日本じゃとても考えられない。

香港の行政長官が、笑顔でジョシュアに対話を求めますが、毅然たる態度を崩さないジョシュアは長官の懐柔をものともせず、香港の大人たちも巻き込んでデモを連発します。

彼らは政府庁舎前の広場を9日間占拠して、ついに国民教育を実質的な撤回へと追い込みました。

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ジョシュアと学民思潮にとっての大勝利です。

ジョシュアの母親もインタビューに答え、たくさんの新聞の切り抜きを見せながら「97年香港返還以来初めての『目的を達成した社会運動』と書かれています。高校生が率いた運動は、歴史上初めてのことです」と、息子の偉業を称えている。

デレク・ラムやネイサン・ラム、アグネス・チョウといった仲間たちとともに、ジョシュアは学民思潮の活動に邁進します。アグネス・チョウは、つい先日、東京の外国人記者クラブで、とても流ちょうな日本語で会見していた女子です。

「学民の女神」ことアグネスは、この映画でも大変出番が多く、学民思潮の重要人物であることが分かります。

「学民の女神」アグネス・チョウ
「学民の女神」アグネス・チョウ

ジョシュアたちの次のビッグイベントは、14年の雨傘運動になるわけですが、ここに到る間に、中国本土で重要な出来事がありました。

13年3月、習近平が国家主席に就任するのです。

これを機に、「一国二制度」はじわじわ崩壊していきます。

ジョシュアたちの戦いは、香港での普通選挙を求める戦いへと変遷します。すなわち、香港の行政長官の選出が、民主的に正しく行われるための戦い。

映画を見ると分かりますが、香港が返還される際には「一国二制度」の原則が保証されています。それは、返還から50年後の2047年まで維持されるはずなのに、実際には中国本土への同化政策が水面下で進められている。

現状、香港の行政長官の候補者は、選挙に出馬するにあたり、中国当局の承認が必要なのです。つまり中国政府のお墨付きがないと、香港の長官にはなれない。立候補すらできない。彼らはこれを覆そうとしています。「投票はできるが、候補者は選べない」状況を覆そうと。

香港大学の准教授、ベニー・タイが「オキュパイ・セントラル=中環占拠」を提唱し、デモを民衆に呼びかけます。ジョシュアもこれを支持し、学生ストに打って出ました。

14年9月26日から始まったオキュパイのデモに参加した人数は、数十万人にも達しています。警官隊が催涙弾を使い、それを雨傘ではね返す群衆。夥しい数の群衆を、空撮で捉えた移動撮影は、大きなカタルシスを喚起するシーンです。

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しかし、オキュパイ運動は「勝利」では終わりませんでした。香港の人々は、民主的な行政長官選挙を勝ち取るには到っていません。

この辺の事情は詳しく書かないでおきましょう。映画を見てください。実はこの時の「失敗」が、今日の香港のデモに教訓として生かされているからです。デモのやり方が、確実に進化していることに驚きます。

現在に戻り、19年6月9日。この日曜日に行われたデモには、103万人が参加したと言われています。平日もデモは行われているようですが、次のピークは16日。やはり日曜日でした。この日は200万人以上が参加したと。

次の日曜日、6月23日はどうなるのでしょうか? 実は、映画の主人公ジョシュア・ウォンは、オキュパイ運動の際に犯した法廷侮辱罪で、今年になってから禁固2カ月の刑に服していました。その彼が、今週の6月17日に出所しているのです。意外にも、彼は9日、16日のデモには不在だった。

以下はブルームバーグ6月17日の記事です。「黄氏」というのはジョシュアのことです。黄之鋒。

「民主化団体『香港衆志(デモシスト)』の共同創設者である黄氏(22)は記者団に対し、中国本土への容疑者引き渡しを可能とする『逃亡犯条例』改正案の完全撤回と林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の辞任を求める抗議活動にすぐに合流したいと述べた」

出所後のジョシュア・ウォン
出所後のジョシュア・ウォン

いま、香港情勢から目が離せません。ジョシュアがどんな行動に出るのか。対する香港政府と中国政府は、どんな手を打つのか。天安門事件から30周年の今年、中国政府を向こうにした大きいデモが起きているのは偶然なのでしょうか。6月28日、29日に大阪で行われるG20では、習近平とトランプによる米中首脳会談も控えています。6月は、熱い月になりそうです。まずは次の日曜日、23日に香港で何が起きるかに注目です。

ジョシュア 大国に抗った少年」はNETFLIXで見ることができます。1時間18分。今回のデモの様子も押さえた続編を、是非見てみたい。そう思わせる、類い希なドキュメンタリー映画です。

筆者紹介

駒井尚文のコラム

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。

Twitter:@komainaofumi

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