コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第10回
2019年3月14日更新
ジミー・ペイジになりきる日本人に、拍手喝采が巻き起こったSXSWの夜
サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)の初日、午後6時半開始のジョーダン・ピールの新作「Us」ワールドプレミアのために、2時間並んで結局見られなかった話は前回書きました。しかしこの日、私は夜10時から上映される、もう一つのワールドプレミアがとても気になっていたのです。
その映画は「Mr. Jimmy」という音楽ドキュメンタリーです。主人公は、なんと日本人。「Us」が満席で入れなかったおかげで、急遽こちらの上映に行けることになりました。
会場はアラモ・ラマール。オースティンのダウンタウンからはやや外れたところにありますが、ロビーのフロアが、キューブリック監督の「シャイニング」のホテルと同じ模様だったり(レッド・カーペットならぬ、シャイニング・カーペット)、幕間に上映されるフッテージが往年の名画へのトリビュートだったりと、映画ファンなら共感すること間違いなしの映画館です。
映画の内容についても、少し説明しましょう。「Mr. Jimmy」というのは、ジミー桜井(本名は桜井昭夫)のことです。実際には、彼が日本で結成しているバンドの名前が「Mr. Jimmy」なのですが、この映画では「Mr. Jimmy = ジミー桜井個人」と理解する方が分かりやすい。
ジミー桜井は、並のギタリストではありません。レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジを弾かせたら、彼の右に出る者はいないのです。日本中、いや世界中探しても、彼より上手く弾ける者はいないだろうと言い切れるレベル。
このドキュメンタリーは、そんなジミー桜井に、監督とそのクルーが3年以上密着した成果が、存分に発揮された一本です。
私はかつてツェッペリンの大ファンだったし、今も街でツェッペリンの曲が流れると、身体が反応するタイプです。しかし、レッド・ツェッペリンに興味がない人は、この映画の話を聞いても「いったい何のことやら」でしょう。
しかし皆さん、大してクイーンのファンでもなかった大勢の人たちが、「ボヘミアン・ラプソディ」を見てあれだけ深く感動したじゃないですか。同様に、ツェッペリンやジミー・ペイジを知らない人たちにも、この映画に興味を持っていただけたらと心から思います。他でもない、日本人が主人公でもあるわけで。
さて、ジミー桜井は、着物の営業マンや旅行ガイドといった仕事をサラリーマンとしてこなしながら、オフの日にはバンド活動にいそしむという生活を続けてきました。ジミー・ペイジの演奏を完璧に再現することを目標に、35年にわたって演奏を続けていたのです。
ペイジが弾いていたギターと同じモデルを購入し、ペイジが身につけていた衣装をオーダーメイドで再現し、アンプやエフェクターなど細部にいたるまで「ツェッペリン時代のリアルなペイジ」にこだわって演奏活動に打ち込みます。
この一連の、ジミーのこだわりを紹介するシークエンスに、私の周りで上映を見ていたアメリカ人はみんな爆笑していました。しかし、仕事とバンドを両立させることへの葛藤や、バンドのメンバーとの軋轢など、ジミーの置かれた環境や苦労が描かれるにつれて、彼らはやがて笑うのを止め、ジミーのブレない一徹さに共感を持ち始めるのです。
内容についてはこれ以上触れませんが、本編途中にも関わらず、SXSWの観客が拍手を惜しまなかった素敵なシーンも用意されています。ジミー桜井、凄すぎるよ。
私は、ブリティッシュ・ロックにはうるさい方でしたが、不覚にもジミー桜井を知りませんでした。だけど、この映画を見て、大ファンになってしまいました。
この映画の監督は、ピーター・マイケル・ダウドというボストン在住のアメリカ人です。アメリカ人による、日本人の評伝映画ということで、日本人からしたら嬉しく思う反面、ちょっと違和感を覚える部分もあります。
気になったので周辺情報を調べて見たところ、すぐに、ジミー桜井の伝記にたどり着きました。
「世界で一番ジミー・ペイジになろうとした男」
2018年7月の発売でした。ついこないだです。これはもう、ガチですね。恐らく今年(2019年)は、ジミー桜井、集大成の年になります。彼の人気と名声はピークを迎えるでしょう。
この映画が、日本で、そして世界で、どんな興行を行うのか、非常に興味がわいてきました。もう楽しみしかありません。まずは日本で、一日も早く劇場公開されることを祈りましょう。
嬉しいことに、上映後のティーチインでは、監督の挨拶に続いて、ジミー桜井その人による演奏も披露。ローカルのヴォーカル(ロバート・プラント役)とデュオでステージに上がったジミー桜井は、15分あまりのセッションを、「天国への階段」レッド・ツェッペリン・オリジナル・スタジオレコーディング・ヴァージョンで締め、場内のスタンディングオベーションを誘いました。スタッフ・キャスト・観客それぞれにとっての、とても幸せな夜になりました。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi