コラム:細野真宏の試写室日記 - 第97回
2020年10月28日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
試写室日記 第97回 歴代最速100億円突破“劇場版「鬼滅の刃」モデル”はこれからどうなるのか?
「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が10月16日(金)から劇場公開され、2週目の週末も勢いが落ちずに、わずか10日間で興行収入100億円を突破し、初日から10日間で興行収入107億5423万2550円になりました!
これまで、100億円突破の最短記録を保持していた「千と千尋の神隠し」でさえ「公開から25日目」だったので、いかに大きな注目を集めているのか分かるかと思います。
もし、このままの勢いを保てると日本の歴代興行収入1位の「千と千尋の神隠し」の興行収入308億円(興行通信社調べ)超えも決して夢ではない推移です。
では、そもそも本作はなぜこれだけの「異次元級メガヒット」をしているのか。
それは、最大の要因は「作品力」ですが、今回は、それを支える映画館側の対応、名付けて“劇場版「鬼滅の刃」モデル”というべき異例の対応が成功したというのもあります。
この“劇場版「鬼滅の刃」モデル”は、大ヒットが見込める映画に対して、機会損失が出ないように、全国の映画館が座席数を「全集中」させてその作品を上映するという手法です。
日本の場合は、これまで劇場公開本数がどんどん増え続けていたこともあり、ここまでの「全集中」をやる機会はありませんでしたが、新型コロナウイルスの影響でハリウッド大作映画の供給が止まったため可能になった面があります。
ただ、この“劇場版「鬼滅の刃」モデル”というのは決して異例すぎる話というわけでもなく、実は、周辺国を見ても「当たり前の手法」だったりするのです。
中国は公開初週に物凄い興行収入を生み出すことが多いのですが、これは必ずしも人口が14億人と多いから、という理由だけではないのです。
例えば、昨年に世界の歴代興行収入1位を更新した「アベンジャーズ エンドゲーム」ですが、中国では初週(公開初週5日間)だけで興行収入が347億円(3億3052万ドル)にも達しています。【1ドル=105円として計算。以下同】
そして、最終的には660億円(6億2910万ドル)を記録しています。
これは、アメリカの8億5837万ドルの7割強に匹敵する規模で、この2国の成功で、歴代世界一の興行収入を記録するまでになったと言えます。
ただ、注目したいのは、中国の「興行収入の推移」で、実は最終的な興行収入660億円(6億2910万ドル)は、初週の5日間に稼いだ金額347億円(3億3052万ドル)の2倍にもなっていないのです!
具体的には以下のようになっています。
1週目 4月26日~28日 週末3日間 1億7596万ドル トータル3億3052万ドル
2週目 5月3日~5日 週末3日間 6442万ドル(-63.4%) トータル5億7557万ドル
3週目 5月10日~12日 週末3日間 1811万ドル(-71.9%) トータル6億0159万ドル
4週目 5月17日~19日 週末3日間 788万ドル(-56.5%) トータル6億0829万ドル
5週目 5月24日~26日 週末3日間 3305ドル(ほぼゼロに) トータル6億1431万ドル
これは、劇場のスクリーンの割り当てを、「観客の需要に応じて、大幅に変化させているモデル」なのです。
中国の場合は、人口が多すぎてイメージがわきにくい人もいると思うので、同様に韓国の事例で解説します。
まず、韓国の場合は、人口が5200万人規模で、1億2600万人規模の日本に比べ、半分くらいの人口なのです。
そのため、韓国の興行収入は、日本の半分程度であっても不思議ではありません。
ところが、「アベンジャーズ エンドゲーム」の初週(公開初週5日間)の興行収入は、金土日の3日間では39億3855万円(3751万ドル)を記録し、初週(公開初週5日間)の興行収入は57億675万円(5435万ドル)を稼ぎ出したのです!
日本でも「アベンジャーズ エンドゲーム」の初週(金土日の3日間)は想定を大きく超えるほど絶好調でしたが、それでも14億6750万円を突破となっていて、人口が半分程度の韓国に倍以上の差をつけられているのです。
では、なぜ韓国では、このような異常とも言える興行収入を叩き出せているのでしょうか?
それは、中国と同様に、劇場のスクリーンの割り当てを「観客の需要に応じて、大幅に変化させているモデル」の成果なのです。
例えば、初週の週末3日間では、韓国の全座席の実に83.9%を「アベンジャーズ エンドゲーム」だけに“全集中”していたのです!
一方の日本では、「アベンジャーズ エンドゲーム」の全座席数は、全体の20%にも満たない状態だったのです。
これだと、いくら需要が高まっていても興行収入の限界が出てしまうわけです。
2週目の韓国では、中国のケースと同様に、需要減に細かく対応し座席数は68.0%とし、3週目では43.3%とするなど、需要に合わせた対応をしていたのです。
興行収入の週末の推移は中国と同様に落ち込み、最終的な興行収入も110億4810万円(1億0522万ドル)と、初週(公開初週5日間)に稼いだ57億675万円(5435万ドル)の2倍にもなっていないのです!
とは言え、やはり「初速の驚異的な数字は重要」で、日本では初速の高さにも限界があり、最終的な興行収入は61.3億円と韓国に負けてしまいました。
このように、これまで日本では公開本数が多すぎて、あまり注目されていませんでしたが、実は、世界的には、今回の“劇場版「鬼滅の刃」モデル”というのは主流でもあるわけです。
例えば今年、韓国で7月に公開され大ヒットして日本でも2021年1月1日から公開される「新感染半島 ファイナル・ステージ」ですが、この時も韓国では初週の5日間は「全劇場の座席の82.4%を1つの作品に“全集中”」という手法で対応していました。
さて、ここからは、上記の海外の事例も踏まえながら、日本の劇場版「鬼滅の刃」に話を戻します。
まず、今回の“劇場版「鬼滅の刃」モデル”に対する批判が一部で出ているようですが、それについては「NO」を唱えたいです。
というのも、確かに劇場版「鬼滅の刃」に座席を多く確保しているのは事実ですが、実は初週でさえも(中国や韓国などの事例とは異なり)週末の全座席数は、57.8%と6割にも満たないのです!
さらには、他の作品の座席が不足しているのか、と言うと、実際には十分に足りていて、満席が続出し最も座席が不足しているのは劇場版「鬼滅の刃」という現実があるわけです。
そして、2週目の週末の劇場版「鬼滅の刃」の全座席数は55.6%と、300館以上の新作映画の公開もあり、わずかに減っていましたが、それでも未だに週末では満席が続出していたのです。
具体的には、2週目の週末の興行収入・観客数では初週から、わずか9%しか落ちていないのです。
つまり、むしろ「他作品との共存共栄」を目指している日本型の新たな方法が、今回の“劇場版「鬼滅の刃」モデル”によって生まれようとしているのです!
例えば、劇場版「鬼滅の刃」を見ようと劇場に行ったら「全回満席」という事態に遭遇することが現実にかなり多くなっています。
その場合は、せっかく映画館に来たのだからと、他に気になる作品を見る、という行動が合理的で、むしろ他の作品にもプラスになる面があることも忘れてはいけないと思います。
「映画館に足を運んでもらう」ということこそ、「Save The Cinema」の最善の方法であることは言うまでもありません。
今週末も、金曜日からは300館以上の大規模公開の新作が2本も公開され、土曜日からは「プリキュア」も公開されます。
とは言え、中国や韓国の「アベンジャーズ エンドゲーム」などの例とは異なり、劇場版「鬼滅の刃」に関しては、2週目になってもまだまだ座席が不足している状態が続いているので、各作品のポテンシャルを見極める座席の割り振りに劇場のプロの技が試される状況が出るわけです。
さらには、この週末直後には11月3日(火)の祝日もあるので「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が最速で伸びて、新たな記録や現象でニュースなどで話題になる余地はまだまだ大きく、映画に話題が集まることで人々が自発的に動く「経済効果」が生まれます。
新型コロナウイルスという100年に一度級の危機に映画館がどのように復活できるのか。
現時点では、まだデータが足りずに見通せない面もありますが、この未曾有の年に、日本で「歴代興行収入1位の映画」が生まれるとしたら、これは奇跡的で非常に感慨深い状況だと思います。
この逆境から生まれた“劇場版「鬼滅の刃」モデル”を、これからの日本でどう活かしていくのか検討してみる価値は、今後の映画業界の成長のためにも十分にあると考えます。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono