コラム:細野真宏の試写室日記 - 第94回
2020年9月25日更新
【船】
最終決戦が行なわれる「スタルスク 12」に向かうため、「名もなき男」と「ニール」と「キャット」らは時間を逆行する。
ちなみに、その日は、ちょうど最初のウクライナのオペラハウスでテロがあった日でもある。
移動中に「キャット」から「セイターは末期の膵臓ガンで、寿命は残り少ない」という話を聞く。
「キャット」は、「セイター」が一番幸せそうにしていたベトナムの旅行中に自殺するのでは、と想定した。
そこで、「名もなき男」は「キャット」に、その日に戻ってもらい、自殺を食い止めるように要請する。
【スタルスク 12・ベトナム】
「セイター」の出身地である「スタルスク 12」では、この日に「アルゴリズム」を作動させることが分かっている。
「セイター」の基地には「時間逆行装置」が当然あったり、「順行」と「逆行」の敵がいる手強い状態にある。
「セイター」が死んだ際には、洞窟(トンネル)の中心に爆弾が仕掛けてあり、そこで「9個の破壊兵器」を作動させようとしている。
そこで、「プリヤ」の部隊のリーダーである「アイブス」が指揮を執り、「最後の戦い」の作戦が伝えられた。
それは、「爆発」の時点を「ゼロ時点」とすると、「ゼロ時点」までの10分間を「順行」するチーム(分かりやすく赤い腕章)と、「ゼロ時点」までの10分間を「逆行」するチーム(分かりやすく青い腕章)に分かれる「挟み撃ち作戦」である。ちなみに、「逆行チーム」は、攻撃に加えて、「地雷がある」など先に分かった情報を「順行チーム」に教えられる利点もある。
そして、リーダーの「アイブス」と「名もなき男」は、敵に見つからないように、洞窟の入口から忍び込んで、中心にある「9個の破壊兵器」を奪い取る最重要な任務を遂行する。
ところが、敵に見つからないように忍び込むタイミングがなかなか無く、時間ばかりが過ぎていく。
ちょうど「順行チーム」と「逆行チーム」が中間地点で敵の注意をそらすために挟み撃ちで同じビルを攻撃した時に死角ができ、入りやすくなる。
ただ、「アイブス」と「名もなき男」が洞穴に入った時に、敵の罠で入口が爆破してしまい、成功しても出られない状態になる。
実は、「セイター」の部下が洞窟(トンネル)の入口付近に爆発物を仕掛けるところを「逆行チーム」にいる「ニール」は見ていたのである。
そこで、「ニール」は、何とかするため、敵の「時間逆行装置」に入り込み、時間をさかのぼり「順行チーム」となり、車に乗って、「アイブス」と「名もなき男」が洞穴に入る際に、「このまま行くとダメだ」と伝えようとする。
ところが、2人は気付かず、そのまま洞穴(トンネル)に向かい、爆発物で出られないように入口を塞がれてしまうのである。
2人は「進むしかない」と、「9個の破壊兵器」を奪い取ることを目標に、ひたすら進むが、最後のカギがかかったフェンスが越えられず止まることに。
そのフェンスの先には、「9個の破壊兵器」を持った「セイター」の部下が最後の爆破に向け一人で待機している。
そこに、「キャット」と一緒にいる「セイター」から電話がかかり、「名もなき男」との対話になる。
「名もなき男」は「どうしてこんなことをするのか?」と止めるように説得するが、「セイター」は、今は地球温暖化の影響で取り返しのつかない異常な事態になっていることなどを挙げ、地球はリセットする必要があると主張し、単なる自暴自棄でないことが分かる。
時間が迫る中、「名もなき男」が何とかフェンスを突破するため手榴弾などを探してフェンスの下を見ると、見覚えのある「5円玉のようなものが付いた赤いヒモのストラップ付リュックサック」が見える。
そして、「セイター」が(「名もなき男」の)「頭を撃て」と部下に命じるが、倒れている「5円玉のようなものが付いた赤いヒモのストラップ付リュックサック」を持った人物が動きだし、(身代わりに)撃たれ、カギが動き、走っていく姿が見えた。
時間が無くなりかけ、勢いでフェンスを押すとカギが開いていて、一気に攻め込むことができ、何とか「9個の破壊兵器」を奪い取れた。
すると、タイムリミットギリギリで上からロープが下りてきて、それに2人がしがみつき、それは「ニール」が運転している車とつながっていて、爆破とほぼ同時刻に「ニール」は、2人と「9個の破壊兵器」を洞穴(トンネル)から引き釣り出すことに成功した。
(ベトナムにいる「キャット」は約束を守れず、「セイター」を拳銃で撃ってから、体をつかみ船の上から海に落としてしまったが、ギリギリのタイミングで問題なかった)
そして、「9個の破壊兵器」は再びバラバラにされ、「アイブス」と「名もなき男」と「ニール」がどこかに隠すことになった。
「アイブス」が一人で去ろうとする時に、「ニール」は、自分が担当するはずの「核兵器」を「名もなき男」に託し、「アイブス」に「カギを開けるには僕が必要だろう?」と問いかける。
「ニール」は「名もなき男」に「これが美しい友情の終わりだ」と別れを告げる。
そして、「ニール」は「アイブス」の方に向かい、「名もなき男」は「5円玉のようなものが付いた赤いヒモのストラップ付リュックサック」を持った後ろ姿を見た。
そう、実は、「ニール」こそが、最初のウクライナのオペラハウスからずっと「名もなき男」を救ってきてくれたのである。
そして「名もなき男」が「誰に雇われたのか」と尋ねると、「名もなき男」であることを「ニール」から教えられる。
さらに「名もなき男」が、(「ニール」が「壮大だ」と言う)「今回の挟み撃ち作戦」について、「作ったのは誰なのか」と尋ねると、これも「名もなき男」であることを「ニール」から教えられる。
(これから「ニール」は、一人で「時間逆行装置」に入り込み、フェンスに向かって走り、洞窟のカギを動かし、身代わりで撃たれて死亡してしまうことになる)
【イギリス】
知り過ぎた「キャット」を車の中から「プリヤ」が射殺しようとする。
ところが、その車の後部座席には「名もなき男」がいて、「プリヤ」の指令を受ける助手席の男性を射殺する。
驚いた「プリヤ」は、「どうして分かったの?」と困惑する。
「キャット」は、「名もなき男」に「もし身の危険を感じたら、これに伝言するように」と渡されていた携帯に、念のため言われていたように場所と時間を入れていたのだ。
そして、「プリヤ」に「真の主人公は自分だ」と伝え、観念した「プリヤ」を射殺する。
「キャット」は念願であった最も大切な存在である息子と二人で手をつないで歩く。
この息子こそ、将来の「ニール」である(と想定される)。(※)
(※)【クリストファー・ノーランは、長い作品でも無駄な時間を使わないため、必要以上に「キャット」に「一番大切なのは自分の息子」ということを言わせるのは強調メッセージの表現法。一方、大事な登場人物の息子「マックス」の顔にカメラは不自然なほどよらない。直喩と隠喩のようなトリックが好きな監督で、こちらは隠喩的な場合。直喩的な場合は、例えば「ニール」が暗号キーを開けるのが上手いといった終盤のパートに不自然さを出さないように、オスロ空港で「名もなき男」の手助けするシーンを複数回見せる。同様に冒頭の「ストラップ付のリュックサック」もアップで強調して見せる。
また、「TENET」という回文のようなタイトルは「謎」である。ただ、「SATOR」(セイター)、「AREPO」(アレポ)、「TENET」(テネット)、「OPERA」(オペラ)、「ROTAS」(ロータス・オスロ空港で登場したセイターの会社名)というワードを正方形状に並べたラテン語の回文から来ている隠喩的なものと想定される。同様に「息子」の「マックス」というのは呼び名。今回の、全体として「回文のような作品」では、愛称が「マックス(Max)」とされる「Maximilien」というヨーロッパの男性名が想定できる。こちらも回文として読むと「Max」(マックス)、「imi」、「neil」(ニール)となり、2人の接点がタイトルや人物名等の法則で一致することになる。これらからノーラン流の「気付け!」というメッセージだと自然に読み取れる。
ちなみに、「キャット」と「ニール」の髪はほぼ同じ金髪。同様に、「セイター」はエストニア語が分かる(エストニアでの部下の言葉)し、「ニール」も無線を聞いて「反対のエストニア語」だと瞬時に理解。 スタルスク 12 での「セイター」が電話で発した「頭を撃て」も「ニール」は当然理解、等々。ただ、そもそも「TENET」というタイトルの回文も含めて、一応「謎」ではあるので、これは「謎」のままの方が映画としての意味合いも深まり良いのではとも思う】
映画で最初の「ワーナー・ブラザース」のロゴは、「赤い色」をしていた。つまり「順行」。
最後にまた「ワーナー・ブラザース」のロゴが出てきて、今度は「青い色」をしていた。つまり「逆行」。
これは「TENET テネット」が、ストーリーの大枠が見えても、まだ「順行」と「逆行」の両面から楽しめる作品であることも示していると思います!
ストーリーの大枠が見えてくると、脚本の完成度の高さは尋常ではなく、しかも、これを演じた役者の演技の上手さも同時に見えてくるのです。
本作は、「新型コロナの影響で作品が少ない」等、そんな次元ではなく、平時でもアカデミー賞で最多ノミネートに値するレベルの名作なのです。
コラム
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono