コラム:細野真宏の試写室日記 - 第296回
2025年11月14日更新

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
試写室日記 第295回 堺雅人主演「平場の月」。“大人の恋愛映画”は成功するのか?

(C)2025映画「平場の月」製作委員会
今週末11月14日(金)から「平場の月」が公開されました。
本作で注目すべきは、全国320館くらいの大規模公開となる「大人の恋愛映画」ということでしょう。
というのも、「若者の恋愛映画」はかなりの頻度で大規模公開されるくらいにスタンダードなものになっていますが、今回のような「大人の恋愛映画」というのは、少なくとも日本ではそれほど作られていない現実があるからです。
日本の人口構成を考えると、日本でこそ「大人の恋愛映画」や「大人のコメディ映画」が作られても良い気もしますが、実際に作っても日本ではヒットしないというのが定説としてあります。

(C)2025映画「平場の月」製作委員会
例えば、日本の映画業界を牽引していたフジテレビ映画は2000年代初頭辺りに、このマーケットを開拓しようとチャレンジしていたのです。
当時の映画事業局の亀山千広局長は、私と新聞で対談した際、以下のような構想を述べていました。
「映画館に行っても、邦画ではハリウッド映画のような大人向けの作品が少なく、この分野の作品に潜在的なニーズがあるのではないか」
そうした仮説のもと、フジテレビは「サイドウェイズ」(2009年)を作ったのです。
同作は、第77回アカデミー賞において「作品賞」にノミネートされ、「脚色賞」を受賞した「サイドウェイ」(2004年)をリメイクした作品で、日本人キャストを使いながらも、舞台はオリジナル版と同様にアメリカで撮影したというチャレンジングな試みでした。
出来は悪くはなかったのですが、そもそもオリジナル版自体が人を選ぶような作品だったこともあり、日本ではオリジナル版と同様に興行収入はパッとせずに終わってしまっています。
このような実例がいくつかあり、日本での映画マーケットは、基本的にはアクティブな若者層の人気が興行収入を牽引する構造になっているように感じます。

(C)2025映画「平場の月」製作委員会
つまり、本作のような「50代の恋愛映画」を映画館で見る層は限られるため、あまり大きなヒットにはなりにくい面があるのです。
個人的に「上限」として想定される作品に、福山雅治×石田ゆり子のフジテレビ映画「マチネの終わりに」(2019年)があります。
キャストの人気と作品の完成度を考えると、「大人の恋愛映画」としては出来の良い作品でしたが、それでも興行収入9億円で終わってしまっています。
堺雅人×井川遥の「平場の月」はTBS映画。「花束みたいな恋をした」(2021年)などの土井裕泰監督作となっています。
本作の原作を土井裕泰監督が知ったのが、ちょうど20代の恋愛を描いた「花束みたいな恋をした」の制作に取りかかっていた2019年の秋。「20代の恋愛ものの後に50才の話を撮るのは面白いかも」と考えたようです。
それが関係しているのか、あるいは原作がそうなのかはわかりませんが、本作では、具体的な企業名が割と出てきます。
「花束みたいな恋をした」では、とても自然に出ていたので、リアリティーを生み出す良いアクセントになっていましたが、正直なところ本作では、「日常の会話でわざわざ何度も企業名を出さないのでは?」と、むしろ不自然さを感じてしまいました。

(C)2025映画「平場の月」製作委員会
また、本作は「中学生時代に初めて出会った男女が、時を経て、50才になって再会する」という物語なのですが、50才で再会するシーンについては、堺雅人演じる主人公が、井川遥扮するヒロインに気付くのはちょっと無理があるのかな、と個人的には思いました。
というのも、中学生時代の俳優と井川遥が似ていれば気付くのは自然だとは思うものの、「どう見ても別人だよなぁ」と感じてしまったからです。

(C)2025映画「平場の月」製作委員会
このような感じで、個人的にはそこまで入り込めなかった作品ではありますが、「大人の恋愛」を描いた作品という点では興味深いところがあります。
客観的には興行収入5億円あたりが目処になりそうな気がしていますが、現時点での「上限」と考えている興行収入9億円にどこまで近付けるのか、あるいは新たな「上限」を生み出せるのか――。
興行収入がリクープラインに乗れないと、「大人の恋愛映画」という分野の見通しが悪いままなので、果たして突破口となる作品は現れるのか、注目し続けたいと思います。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono









