コラム:ニューヨークEXPRESS - 第48回

2025年5月9日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


チャレンジャーズ」に次ぐルカ・グァダニーノとの共作 ジャスティン・クリツケスが「クィア QUEER」で意識したことは?

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君の名前で僕を呼んで」「ボーンズ アンド オール」のルカ・グァダニーノ監督が、人気映画シリーズ「007」でお馴染みのダニエル・クレイグを主演に迎えた「クィア QUEER」(日本公開:5月9日)は、1950年代アメリカのビート・ジェネレーションを代表する作家ウィリアム・S・バロウズの自伝的小説を映画化した作品だ。

舞台は、1950年代・メキシコシティ。退屈な日々を酒や薬でやり過ごしていたアメリカ人駐在員ウィリアム・リー(クレイグ)は、美しくミステリアスな青年ユージーン・アラートン(ドリュー・スターキー)と出会い、ひと目で恋に落ちた。この出会いは、渇ききっていたリーの心に潤いをもたらすが、求めれば求めるほど“孤独”を感じ始める。やがて、リーは人生を変える体験をしようと、ユージーンを幻想的な南米の旅に誘い出す。

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脚本を担当したのは、「チャレンジャーズ」でもグァダニーノ監督とタッグを組んだジャスティン・クリツケス。バロウズの原作の脚色という難しい作業をどのように行ったのかを語ってくれた。

グァダニーノ監督は、以前からバロウズ作品の映画化を望んでいた。しかし、バロウズの原作を映画化することは容易ではない。クリツケスは、グァダニーノ監督とは何を話し合ったのだろうか。

「今作に関わることになったのは、ルカと私が『チャレンジャーズ』を作っている最中のことだった。彼から『これを読んで、脚色できるかどうか言ってくれ』と言われたんだ。まずは、彼が私にこの仕事を任せてくれることをとても光栄に思った。そして、この伝説的な作家の“伝説的な本”の映画化に携われるだけでなく、この映画を作るためのルカのアイデアに、とても興奮したんだ。ペンを走らせる前に、ルカと私は映画のビジョンについて少し話し合った。そのような会話やインスピレーションを大切にしながら執筆に取りかかったんだ」

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「バロウズの“他の本”も読んだことがある場合、『クィア』がとてもショッキングなものだと気づくだろう。なぜなら、大部分はかなりストレートなラブストーリーでありながら、その他のバロウズ作品に共通するように、別のさまざまなことが起こってもいるからだ。物語の土台は、2人の登場人物(ウィリアム・リー、ユージーン・アラートン)の間で直線的に展開するラブストーリーだ。2人が互いにつながりを見出そうとする心理に焦点が当てられている。この点を映画を作り上げるうえで大切にしていた」

「クィア」執筆時のバロウズは、友人のブライオン・ガイシンとともに、文章を断片的に切り刻んでランダムにつなげる「カットアップ」という実験的手法を考案。 これまでの著書とは異なる印象を帯びている。

「『クィア』『ジャンキー』『裸のランチ』を3部作と考えると面白いと思う。それぞれの本は異なるスタイルで書かれている。映画『クィア QUEER』では三人称のセクションがあり、2年後の設定には一人称のセクションがある。原作でも、バロウズは文体や書き方をごちゃ混ぜにしていて、まずは“それをどのように映画化するか”を考えたんだ。大変なことでもあったが、このアプローチにひとつの方法などないことに気づいた頃から、ワクワクしていた。あえて本に忠実でなくても、私のやり方は正当に思えたんだ。私は原作の精神の中で行動し、原作では“行きたかったけど行かなかった場所”を見つけようとした。ドアを開けて、すぐに閉める瞬間があって、その向こう側に何があるのかを見たかった。これは映画でしかできない、ある種の招待状のようにも感じたんだ」

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自叙伝的な要素もある原作の「クィア」は未完となっている。ジョーン・フォルマー・アダムスやアレン・ギンズバーグとの同棲、ジャック・ケルアックの妻エディ・パーカーについてなど、メキシコ生活以前のバロウズのおける要素で映画に加えたものがあるのだろうか?

「『クィア』は未完成であることから、主要な文章がどこから始まるのかが言い難いんだ(=どの部分が自伝的な要素かが判断しにくい)。ある意味、バロウズの残りの人生や作品の続きは、本作から始まっていると、僕は思っている。原作には、さまざまな解釈ができるオープンな文章が記されていた。だからこそ、バロウズの小説デビュー作『ジャンキー』でギンズバーグに宛てた手紙や、当時の生活に関するものなどを読むことは有益に思えた。また原作『クィア』をいかに読み取るかも重要だった。『クィア』には、彼が実生活から何を省くことにしたのか――例えば、妻(=ジョーン・フォルマー・アダムス)と子どもたちとメキシコにいたり、最終的に彼が妻を射殺したことだ。『クィア』の執筆につきまとう“ある種の出来事(メキシコ滞在時の出来事)”は小説で語られているが、彼女(妻)はこの本では言及されていない。彼の実生活における人生の側面は、この本では語られていないんだ。私も、原作で見せようとした彼の人生の一部分(実生活の要素)は、映画には当てはまらないように感じたんだ。 例えば、『ジャンキー』を読むと、彼がメキシコに行き着くまでの旅路のようなものについての考察がもっとたくさん出てくる。つまり、彼はアメリカから逃げなければならなかったんだ。なぜなら、アヘン中毒になれば“犯罪者”になってしまうからだ。だからこそ『ジャンキー』の中で彼がドラッグに言及するのは興味深いことだと思った。 映画では、すでにメキシコにいる主人公(=ウィリアム・リー)に、観客を落とし込む作業をしたんだ。主人公ウィリアムは、既に特定の時間軸、特定の環境、特定の人生を生きている。私はそれを忠実に描きたかったし、そうすることで、観客がそれに事態を把握してくれると信じたかったんだ」

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ダニエル・クレイグのキャスティングについては、このように語ってくれた。

「私は、特定の俳優のために脚本を書いている時、あるいは俳優がプロデュースと主演を兼任し、その題材を私のところに持ってきた場合を除いて、基本的には脚本執筆時に俳優のことを考えないようにしている。あえてキャラクターのことだけを考えるようにしているんだ。というのも、ダニエルのような人がこの映画をやりたがるだろうと考えるような、おこがましいことはできないからだ。彼は舞台でもゲイの役を演じたことはある。彼は大胆不敵なんだ。私がダニエルと出会ったのは、「007」シリーズよりもずっと前のこと。彼がイギリスでとてもエッジの効いた映画や舞台をやっていたときだった。だから、ダニエルがこの作品に出演してくれると信じて疑わなかったものの、全てが一直線に並び、誰かにとって適切な時期に、適切なプロジェクトになるということは、決して予測ができないものだ。つまり、特定の俳優のために脚本を書く場合、その俳優の出演が決まっていない限りは、自分を窮地に追い込むことになるということだ。今作を書いた時、ルカと私は最初に『誰ができるだろう?』と話し合っていた。だから、私たちの間でダニエルのアイディアが浮かんだ時は、稲妻が走ったようだった。ダニエルがやってくれたら、俳優とキャラクターの完璧な出会いになるからね」

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バロウズがハーバードの大学院に在籍していた約3年間、彼は本格的な精神分析治療を受けていた。この治療を行った精神分析医は、バロウズの「性的指向」にも執拗に疑問を呈していたと思うのだが、その時のことを掘り下げてみたのだろうか。

「バロウズ自身の仕事を通して、多くのリサーチをすることができた。バロウズの研究者であるオリバー・ハリスが、映画のコンサルティングをしてくれていて、彼は本当に貴重な存在だった。 それから、ベン・ゼカという研究者がバロウズの人生について特別な調査を行ってくれたんだが、これは信じられないほど役に立った。それはストーリーの観点からだけでなく、彼がどんな銘柄のタバコを吸っていたとか、どんなジンを飲んでいたとか、どんな服装が好きだったのかとか、そういうところまで調べることになったのでとても楽しかったんだ。だが、キャラクターを書くにあたっては、ウィリアム・S・バロウズという実在の人物の映画を作るのではなく、ウィリアム・リーの映画を作るのだということをはっきりさせたかった。ウィリアム・リーというキャラクターには、バロウズの実人生から、人物像の構築に役立つものは何でも取り入れた。一方で役に立たないと思われるものは、すべて遠ざけていた。それが、ドキュメンタリーではなく“物語を作る”ために必要なことだった」

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。

Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/

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